第2話 ポケット

歓声が私の耳に聞こえてくる。

その声はどれも女の声だ。

それもそのはず、高嶺の花と言われる

イケメンで頭も良い陸上部の翔君

を見ているのだから。

翔君がハードルを飛び越えるだけで歓声が上がり、

走る時も何をしても歓声は上がる。

そんな翔君を私はカメラで撮っていた。

私は高校に入ってすぐに写真部に入った。

私は写真を撮るのが大好きだった。

きっかけはお父さんからだった。

お父さんはプロのカメラマンで

有名なお笑い番組にも参加している。

そんなお父さんに憧れていた。

中学1年生の誕生日にお父さんがカメラを

買ってくれた。

「お前も俺のようなカメラマンを目指せよ」

「うん」

それから毎日、いろんな写真を撮っては

アルバムに挟んでいった。

高校も写真部があるところを優先に選んだ。

そして、今私は翔君の写真を誰にもバレないように

撮っている。

最近、翔君専用のアルバムを作った。

タイトルは『駆ける翔』だ。

翔君のカッコいいところを集めている。

それを帰ってみるのが1番の幸せだ。

部活が終わったのか私の元に近づいてくる。

心臓の音が一気に速くなる。

私がやっぱり好きなのかな。


『待たせて、ごめんね』

『来ないでよ』

私の目の前に翔君がやってきた。

そしてキスして帰って行った。

『うわー』

顔が一気に赤くなった。幸せだわ。

『待たせた分、これでチャラにできるかな?』

『うん』


ふと、我に帰ると翔君どこらか女達もいなかった。

こんな乙女心満載の妄想をいつもしている。

もし現実になればなあ。

でも、釣り合うはずがない。

「はあー」

私はため息をついて教室に鞄を取りに行った。

鞄を取って帰ろうとすると、翔君が教室にいた。

「おう。幸子。ここで何やってるの?」

話しかけられたー。

どうしよう。どうしよう。

頭がパニックになった。

何を話せばいいの。せっかくのチャンスなのに。

頑張って話の種をポケットから探したが

見つからなかった。

心臓が破裂しそうなくらいに緊張してしまった。

こんな私を見られたくない。

「ごめんなさい」

私は教室を出て行った。

あの妄想通りはいかなかった。

もう2度と来ないかもしれないのに。

私が歩き始めると、

「翔くーん。お待たせー」

可愛らしい声が聞こえた。

振り返ると翔君の彼女の優子がいた。

優子も翔君と同じぐらい頭が良くてかわいい。

まさに美女と美男のカップルだ。

私はこっそり近くの木に隠れて様子を伺った。

「遅かったよ」

「ごめん。ごめん」

「帰ろうか」

「うん」

2人は一緒に歩き始めた。

あんな風に私もなれたらな。


『幸子、何やってるの?』

『ごめん。ごめんね』

『一緒に帰ろう』

『うん』

『あ、雨が降ってるね』

『私、傘持ってないよ』

『じゃあ俺と相合い傘する?』

『えっ!?良いの?』

『良いよ』

『ありがとう』

『俺とお前はいつまでも一緒だよ。

お前を1人なんかにはしないよ』

『あ、ありがとう』


気がつくと2人を見失っていた。

私は急いで後を追った。

何とか見つける事をできた。

2人が相合い傘をしていた。

それが悔しかった。私も入りたい。

ところが急に2人は離れて行った。

「あんたなんか最悪だわ」

「そんな事言わなくても良いだろ」

優子が傘を投げて帰って行った。

何があったんだろう。

喧嘩したのかな。まあどうせすぐに仲直りすると

思っていた。

しかし、それは最悪の方向に向かった。

次の日、学校に行くと女の子達がザワザワしていた。

「何があったの?」と友達に聞くと、

「翔君が別れたらしいよ」

「えっ!?」

その言葉を聞いた瞬間、チャンスだと感じた。

別れた。この言葉は私に勇気をくれた。

そんな事を言ったら最悪なやつだと思われ、

優子からも嫌われるだろう。

でも、私はそれくらい好きだった。

思いを伝えよう。そう決意した。

放課後、いつも通り陸上部の写真を撮っていた。

部活が終わり、部室に帰るところを狙った。

「あ、あの……」

いざ翔君を前にすると言おうと思った言葉が出ない。

でも、頑張れ自分。

「す、す、好きです」

いつのまにか私は逃げていた。

伝えるだけ伝えて教室に戻っていた。

「はあ」

どう思っただろう。


『俺も好きだったよ』

『え、そうなの?』

『付き合おうぜ』

『うん』

手を繋いで一緒に帰った。


そうなればなあ。現実はそう甘くない。

「おい、幸子。ありがとな」

見覚えのある声がしたので前を上げると

翔君が目の前にいた。

近すぎる。もう無理。

私が逃げようとした時、腕を掴まれた。

「うれしかった。けど、今は無理。

もう少し考えさせて欲しい。

答えが決まったらLINEするからLINE交換しよう」

私は言われるがまま、LINEを交換した。

「じゃあね」

翔君は帰って行った。

私は頬をつねった。痛みは感じた。

これは妄想じゃないよね?

これは現実だよね?

何回も自分に問いかけた。

あの翔君とLINEを交換できた。

それだけで幸せだった。

私も帰ろうとした時だった。

鞄がなくなっていた。

何で?どこ行ったの?

私は教室や外、学校中探したが見つからなかった。

「どこにあるの!?」

私がベンチに座り諦めかけたその時、

鞄が上から落ちてきた。

上を見ると笑い声が聞こえた。

まさか。私は急いで鞄の中を開けた。

『駆ける翔』は破られていた。

きっと、翔君のことが大好きな女の子が

私に嫉妬したのだろう。

「あんたが翔君と付き合える訳がないでしょ」

私の目の前に2人のギャルが現れた。

私は無視して帰ろうとしたが、背中を蹴られた。

「痛い」

「お前みたいな底辺があいつと付き合える訳が

ないの。早く諦めな!!」

私の目には涙が出てきた。

逃げるように走って帰った。

そうだ。私は何もできない。

ワンチャンあるかもって思った自分が馬鹿だった。

家に帰り、自分の部屋にある翔君の写真を

全部引き出しに入れた。

ベットに寝転がり考えていたら、

LINE無料通話の着信が鳴り響いた。

翔君からかな。

「もしもし」

「もしもし。俺、あの後ずっと考えたんだ。

俺、お前のことが好きだ。

付き合ってください」

それは妄想でもなかった。

私は嬉しかった。

でも、今日みたいなことがあったから

私には自信がなかった。

「私のどこが良いの?

成績も悪いし、運動神経も悪いし」

「お前がいつも俺のことを写真に撮ってることも

知ってたし、お前が俺のことを好きなことも

何となく分かってた。

元カノとは嫌々付き合っただけで、

本当はお前のことが好きだったんだよ」

「本当?」

「本当だよ」

それから30分は電話を続けた。

それは幸せの時間だった。

電話が終わり、私はガッツポーズをした。

机の上にある花を取ってポケットに入れた。

私の恋は花のように咲き乱れたのであった。

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