第227話 小夏姫見参3
「うちの侍女たち、暗いと思いません? 仕事中は仕事してればいいってもんじゃないんだよな。もっと楽しくやらなきゃ。姫が居ると職場が明るいな~。ねっ?」
「もぉぉ、そぉいうことぉ、言っちゃダメですぅ~」
家臣の言葉に小夏姫が手を叩き、けたたましく爆笑する。
この家臣たち、兄上がいたら絶対にこんなにサボってない。
おのれ調子に乗りおって。
そもそも今は勤務時間だ。
サボっている奴が、真面目に仕事をしている者を笑うなど言語道断。
そう注意したいけれど それが出来ないのだ。
兄上……! 何で「雪村である事を隠せ」なんて言ったまま居なくなっちゃったんですか……?
やりたい放題の家臣たちと、家臣たちに持ち上げられて無双状態の小夏姫。
そのせいで、上田侍女衆のHPは0ですよ……!
*************** ***************
雪村を名乗れないまま『桜姫のお付き』を装っている私は、今日、何度目になるか解らない嘘理由を再び口にした。
「ですから何度も申し上げておりますが、雪村様はここに居ません」
「だからそれ本当なの? って聞いてるんですう~」
小馬鹿にしたような声を出し、小夏姫が桜姫のお饅頭に手を伸ばす。
勧める前に伸ばされた手を凝視したまま、桜姫が固まった。
小夏姫は相手によって態度を変えるタイプらしく、引き籠もりを馬鹿にしているのが滲み出ている。こういうのに免疫が無い桜井くんは 無言になった。
雪村の件、兄上は一体どういう説明を彼女にしたんだろう。
沼田の城代を任せているのは話したのかな? それなら「沼田で政務中」で誤魔化せるんだけどな。
困って顔を見合わせた私と桜姫を見て、小夏姫も埒が明かないと思ったんだろう。呆れ顔で身を乗り出した。
「あのさぁ。面倒だからズバッと聞いちゃうけど。あんたどうして雪村と一緒じゃないの? もしかしてマジで信倖狙い? 側室なんて浮気相手みたいなもんでしょ? 本妻に申し訳ないとか、思わないわけ??」
「は?」
「どういう意味ですか?」
本当に何を言いたいのか全然解らない。
真木が桜姫の守護を託されているのは周知の事実だし、桜姫がここに居るのは寧ろ当たり前だ。
それ以上に。会ったばかりの兄上を呼び捨てにした事に、私は心底驚いた。
「バカじゃないのこいつら? もういい!!」
憤慨して立ち上がった小夏姫は、聞こえるような独り言をぽそりと呟いた。
「あーあ。こいつ、尼寺で引き籠もっていればいいのに!」
「……えっ?」
聞き返した桜姫に構うことなく、小夏姫はさっさと部屋から出て行った。
桜井くんがぽかんと呆けている。
小夏姫のこと『愛想が良くてあざと可愛い』って好印象だったから、衝撃が大きかったみたいだ。
私はこそりと声を掛けた。
「桜井くん、大丈夫?」
「いいの……いいのよ雪村。わたくしは平気っ……!」
苦難に耐える悲劇のヒロイン風に袖を噛みしめて、桜井くんが浸っている。
うん。楽しそうで何よりです。
*************** ***************
桜井くんはいいのです。
まさかここにきて『悪役令嬢にイビられる悲劇の
「わたくし……わたくしっ……! 辛くても頑張るわ!!」
……などと所詮他人事の桜姫は、悲壮感マシマシで大変盛り上がっております。
しかし我々はそうも言っていられません。
小夏姫は将来の義姉であり、将来の女主人になるお方。
遠くない未来の職場に絶望し、侍女衆が集団退社してしまいそうなのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます