第228話 小夏姫見参4


 翌日。昼食時の侍女詰所。


「雪村さま……ッ!」

「じきに兄上が戻られる。気をしっかり持て!」


 よよ、と崩れ落ちた侍女の肩を支え、私は後詰を待つ籠城兵の気分で励ました。


「申し上げます!」

 息も絶え絶えに、侍女のひとりが戦況げんじょうを報告する。


「小夏姫がゆうべ、お魚は骨を取るのが面倒だからお肉が食べたいって言ったんです。牛肉を出せって。牛なんて普通は食べませんって言ったら、御台所頭に「侍女に普通じゃないって言われた」って泣きながら告げ口して。そんな意味ではありません、牛の肉は出せませんって言っただけですって言ったのに、御台所頭が……大大名のお姫様が「牛を食いたい」なんて言う訳がないって……わああっ!」


 おのれ、とうとう御台所頭まで篭絡されたか……!


 一見、侍女たちとも遊んでいるように見えるでしょうが、こちらは”追い詰められた戦場での武士もののふ気分”を存分に満喫中であります。

 これも一種の防御機能なのでしょうか。


「私どもは、お邸の仕事をする為にこちらに来ているのですよね? 小夏姫のような対応を求められては仕事になりませんし、そもそも男性を喜ばせるのは仕事ではありませんわ」

「私は、夫や恋人でもない男性に、あのような振舞はしたくありません」

「あの方が信倖さまのご正室となられるのですか? 私、この先お仕え出来る自信がありませんわ……」


 侍女たちの泣き言が次々と湧き出てくる。


「雪村様、このままではこの娘たちが持ちませんよ」


 しょっぱい顔をして話を聞いていた侍女頭が、苦々しい顔になった。これは本当に何とかしないと、侍女たちがみんな辞めてしまう。

 そして女を駆逐した世界で、小夏姫モブが逆ハーレムを形成して天下統一だ。


 この世界、本当にモブが恋愛イベントを頑張るな!



 ***************                ***************


『夜な夜な、女のすすり泣きが聞こえてくる』


 そんな噂がたったのは、それからいくらも経たない頃だった。


 踏んだり蹴ったりというか泣きっ面に蜂というか。

 こんなタイミングで怨霊騒ぎが起きるなんて、本当にいつ侍女が暇乞いしてくるか判ったものじゃない。


 私は小夏姫の目を盗み、こっそりと家臣たちを集めて申し付けた。


「邸内で女の泣き声を聞いた、と訴えが出ている。宿直の者は特に注意を払って警護するように」

「侍女たちがやってるんじゃないですかー?」

「女の嫉妬は怖いって言うしな!」


 どっと笑いが沸き起こる。……いい加減にしなよ、もう限界だ。

 私は冷笑を頬に張り付かせて 周りを見渡した。


「これは小夏姫を怖がらせるための芝居だ、とでも言いたいのか?」

「その可能性もありますよ。だって小夏姫、侍女たちに嫌われているんでしょ? 男の方がさっぱりしていて付き合いやすいって、彼女も言っていましたから」

「なるほど。ではその愛しい小夏姫をお守りする為にも励め。今、笑った者は全員だ」


 私は普段、あまりきつい物言いはしない方だ(正宗除く)。

 不機嫌そうな私の気配を察したらしき家臣のひとりが、取り成すような作り笑いを浮かべて取りなしてくる。


「いや~あの~雪村様? ちょっとした冗談じゃないですか? ほら、もっと仕事は楽しく……」

「『冗談』とは、皆が楽しく笑い合える遣り取りの事だ。その言葉を免罪符に使うな。お前たちは今、同僚である侍女たちを侮辱した。それに何故気付かない? 小夏姫を集団で苛める可能性がある、と言う話がそれほどに楽しいか。私には理解出来ないな」

「……」


 ちらちらと顔を見合わせている家臣たちを前に、ふん、と踏ん反り返る。

 ええい、ムカついたからついでに言っちゃえ。嫌われたって構うもんか。


「仕事に楽しさを求めるのは結構だが、ここは遊び仲間が集う場所ではない。まずは己の責務を果たせ。真木の家臣という自覚があるなら尚のこと。私は小夏姫のあの所業、徳山方の離間計りかんのけいと捉えている。それも解らないような愚か者は、出奔でも何でもしてくれて結構だ」


 勢いで言っちゃったけど、実は離間計内部分裂の策とまでは考えてませんでした。そして兄上に無断で家臣に「出てけ」って啖呵を切っちゃったよ! 


 バレたら怒られそうだけど、私は知らん顔して居直った。



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