第214話 正宗再来8


 白い小枝みたいな虫が、もりもりと桑の葉っぱを食べている。すごく食欲旺盛だ。葉を注ぎ足しながら、小さな頭をちょんとつついてみる。指を気にしたらしきお蚕様は、ちょっと頭を上げた。


 現世に居た頃は虫が好きじゃなかったけれど、こっちの世界ではそんな事も言っていられないと言うか……そもそもデカい蜘蛛退治が当たり前の世界だしね。

 こんなちっちゃい虫なんて、可愛い可愛い。


「雪村さまぁ。今日は美味しいおやつがありますよぉ? 桜姫と食べて下さいねぇ」


 根津子がにこにこ笑って、器に入った紫色の果実を差し出してくる。


「桑の実?」

「そうですぅ。お蚕様の餌用に栽培を増やしましたからねぇ。いっぱいありますよぉ」


 桑は成長が早いし、果実は美味しいし、根皮は桑白皮そうはくひっていう生薬なる。咳の薬に配合されるから、ちょっと薬用にも栽培を増やそうかと考え中だ。


「美味しそうだね。根津子はもう食べた?」

「はい。侍女たちみんなで摘まんじゃいましたぁ!」


 笑いながら出した舌が紫色に染まっている。楽しそうな根津子に私もほっこりして笑い返した。

 前は可愛い名前のせいで悩んでいたようだけれど、『根津子』ってあだ名が浸透してからは解決したみたい。


 渡された器には、つやつやした大ぶりの実がたくさん入っていた。しっかり熟した桑の実は、甘酸っぱくてとても美味しい。


 たくさんあるなら 何かに使えないかな?


 桑の実を摘まみながら、ふと思い立って相談してみると、桜井くんはちょっと考え込む顔になった。


「ジャムは? フルーツ保存の定番だろ」

「でもジャムは砂糖が必要じゃない? この時代の砂糖は貴重品だよ」

「それがあったか……」


 ジャムが作れたら熱々の甘草茶の代わりに、夏場の足湯テーマパークで出せるものが増やせそうなんだけど。


「菓子系なら正宗の方が詳しいんじゃない? 今度会った時にでも聞いてみたら?」

「そうだ、正宗がいたよ! 得意そうだよね、こういうの。……教えてって頼んだら、すごいドヤ顔しそうだけど」


 苦笑しながらそう言ったら、桜井くんも想像がついたのか、しまったって顔になった。


「やっぱりまずは厨勤務の奴らに相談しなよ。本職だし」



 ***************                ***************


 毎年、季節限定で桑の実スイーツを出してみるっていうのも面白いかも知れない。しかし生憎私には そういったスキルがない。

 厨勤務の家臣たちと桑の実を洗いながら、私は御台所頭に意見を聞いてみた。


「日持ちさせるなら乾燥ですかね。桑の実は栄養価も高いですし、兵糧丸に使えるかも知れません」

「兵糧丸かぁ」


 兵糧丸とは、戦の時に携帯するお団子みたいな保存食のこと。うん、テーマパーク向きじゃないな。


「じゃあ試しに煮詰めてみましょうか。最後に蜂蜜を掛けるんですね?」

「うん」


 蜂の巣採取は危険だけど、輸入でしか入手方法が無い砂糖よりは手に入る。

 お菓子づくりはあまり経験がありませんが『物は試し』とも『失敗は成功のもと』とも言いますしね。とりあえずやってみよう。


 いや、あんまり失敗は出来ないんだよ。

 この時代は現世と違って、食べ物を粗末にしている余裕なんて無いから……!



 ~~~


 出来上がったジャム(もどき)を前に、私とスイーツ開発チーム(仮)は再び額を突き合わせた。


「とりあえずクレ……いや、薄皮でこれを包んだ軽食はどうかなと思うんだけど」

「関所に来た旅人は、歩き通しで腹を減らしているでしょう。薄皮よりも食いごたえがあった方が喜ばれますよ」

「なるほど」


 クレープと言いかけて慌てて誤魔化すと、御台所頭がもっともなコメントをする。

 確かに言われてみればそうかも。


「じゃあもっと生地を厚くして作ってみよう」


 鍛冶屋に作って貰った鉄板の上に、厨勤務の侍女が溶いた小麦粉を流し入れた。



 ~~~


「うーん……不味くはないけど、ちょっと違う気がする」

「そうですね。饅頭の皮に酸っぱい具材は、ちょっと人を選ぶと思います」


 饅頭の皮に似たものに包まれている=甘い って思い込んじゃうからかな。

 甘いのを期待してこれだと、「珍しい」って思うより先にがっかりするかも。

 クレープだって、生クリーム無しだと美味しくないしね。


「……もうちょっと、時間をかけて考えてみようか」


 桑の実ジャムを入れた壺に蓋をして、取り敢えず今日の所は止める事にした。



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