第207話 お告げと嘘と個別ルート1
「影勝様、謝罪が遅れてしまい申し訳ありませんでした。せっかくいただいた鯉を、あのような事にしてしまって……」
「うむ」
深々と頭を下げている私の前で、影勝様が居心地悪そうに身じろいでいる。
先刻、兼継殿から耳打ちされたんだけど。影勝様は『五年前に雪村に鯉をあげた』事をすっかり忘れていたそうだ。
挙句に兼継殿と泉水殿と桜姫から「随分と長いこと気に病んでいますので、許してあげて下さい」と、今朝になってから一斉に頼まれてしまったそうで、影勝様の方がずっと気まずそうです……。
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去年の秋からの懸案事項がすっきりして、私はほっと息をついた。
きっとこれでハトこも心置きなく昇天できる。
お詫びとお礼を言って部屋を辞そうとしたら、影勝様が珍しく「……少し、聞きたい事がある」と引き留めてきた。
昔から無口な人だから、こういうのはとても珍しい。
私は興味津々で「私にお答えできる事でしょうか?」と座り直した。
「……最近の、桜姫はどうだ」
影勝様はちょっと黙った後、淡々と聞いてきた。
桜姫? そんなの、雪村に聞くより侍女衆に聞いた方が良くない?? それとも「沼田ではどう?」ってこと?
「沼田にお越しの間は お変わりないかと思いますが……何かありましたか?」
神妙な顔つきで黙っていた影勝様が、やがて重い口を開く。
「兼継が、毘沙門天の啓示を受けたと言っていた。……桜姫を 天に還す、と」
「えっ!?」
私は心底仰天して、まじまじと影勝様を見返した。
驚いている私を、影勝様もじっと見返してくる。だってそれって……!
……個別ルートに入った合図のイベントだ!!
『カオス戦国』では、共通ルートでの恋愛イベントが終わった時点で『毘沙門天のお告げイベント』というモノが発生する。
桜姫の夢枕に立った
共通ルートで複数のフラグを立てていたとしても、ここで選んだ武将のルートに確定する、最重要分岐イベントだ。
ええ、ちょっと待って?
『兼継恋愛イベント』は其の二までしか起こしてないのに、何でもう個別ルートに入ったの??
好感度が個別ルートに入れるくらい溜まったってこと!?
『恋愛イベント其の一』で大失敗したっぽいのに、どんだけ成功したのよ『イベント其の二』!?
そもそも何で桜姫じゃなく、兼継殿の夢枕に……!?
びっくりしすぎて何て言っていいかわかんない。
と、とりあえず桜井くんに確認を……!
「影勝様、御前、失礼します!」
「……!」
私は慌てて部屋を飛び出したので、影勝様の制止を聞きそびれた。
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勢い込んで桜姫の部屋に駆け込んだけど、部屋はもぬけの殻だった。
どこに行ったんだろう、越後での桜姫の行動範囲は広くない。
というか奥御殿から・もっと言えば自室からすら殆ど出ないのに。
厠かな?
いや、桜井くん「美少女はトイレに行かない」ってドヤっていたしな。
そんな事を考えながら庭に降りて辺りを見回していると、奥まった庭木の向こうに 見覚えのあるピンク色の後ろ姿が見えた。
珍しく 庭を散策していたみたい。
「桜ひ……」
途中で口を押えて、私は慌てて立ち木の陰に隠れた。
奥まっていて見えなかったけれど、庭の奥には桜姫の他に もうひとり。
……うっかり 兼継殿との密会現場に 乱入するところだった。
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口を押えたまま、私は身動ぎも出来ずに固まった。
どうしよう。これ、漫画やゲームでありがちな「こっそり会話を聞いちゃう」系のイベントでは……?
あれ? でも『桜姫と兼継殿が庭で密会する』恋愛イベントってあったかな?
そもそもあのふたり、どんな会話をしているんだろう。
……何だか急に興味が湧いてきた。
あの恋愛沙汰に淡白な兼継殿を、桜井くんはどうやって口説いているんだろう。
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、私はそっと木陰から顔を出した。
目の前に 桜姫と兼継殿が無言で立っていて 私は仰天して飛び上がった。
「ぎゃあ!」
「うわっ!」
思わず化け物でも見たかのような悲鳴を上げてしまい、つられたらしき桜姫も悲鳴を上げる。
「どどどどうしたんですか、桜姫!? 何故、わたしが居ると」
「だって雪村、わたくしを呼んだじゃない」
聞こえていたのか。いやまあそうですよね、呼びました。
気まずいのとびっくりしたのとで、動揺しまくりだ。
「なあに? 何かご用?」
桜姫は可愛らしく聞いてくるけど、隣には兼継殿が居る。
「どうやって兼継殿を口説いてたんですか」って聞きづらい……
席を外してくれないかな。
「ええと」
もごもごしながら ちらりと兼継殿を見たら、桜姫が意味深にふふふと笑った。
「兼継殿にご用事ね? わたくしのお話は終わったの。どうぞ ごゆっくり」
おほほと笑って、桜姫の方が席を外してしまった。
ち、ちがう、逆だよ!!
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