第194話 執政の逆襲1 ~side S~
「え? お迎えは雪村じゃないの?」
「はい、雪村様は急な病らしく。上田でお待ちです」
炎虎ほど速くはありませんがご容赦を、と馬で迎えに来た真木の家臣が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「急な病……どうしたのでしょうね? 夏以降、体調を崩すことなど無かったのに」
「でも先日戻る時は、元気が無かったように思います。こちらで病を得たのでなければ良いのですが」
ざわざわ騒めく侍女衆を一度振り返り、俺は元気に笑い返した。
「大丈夫。雪村が病ならわたくし、全力で看病してくるわよ」
「そうですわね。姫さま、お願い致します」
侍女衆も騒いだところでどうなるものでもない、と思っているからか、あっさりと話を収めてくる。
そうと決まればさっそく出発だ。
上田までなら沼田に行くより距離は短いが、ほむらじゃないから時間がかかる。
手荷物をまとめて立ち上がりかけたところで、部屋の外から侍女のひとりが、「あの……兼継様がお見えなのですが……」と戸惑った表情で顔を覗かせた。
そりゃ戸惑うだろう。兼継は今まで『桜姫の見送り』になんて来た事がない。
こんな出掛けに何だ、とは思うがたぶん俺宛ての用事ではないのだろう。
普段からあいつは桜姫に用など無い。
「どうしたのかしらね。後で話を聞いておいて?」
そう老女に声をかけると、遠くから忍ばせる気なんて全く無い、無遠慮な足音が聞こえてきた。
制止する侍女の声もだんだん近づいてくる。
俺と老女、そして部屋に居た侍女衆は交互に顔を見合わせた。……状況から察するにあれは兼継なんだろうが、あんな無作法な兼継は今まで見た事がない。
出し抜けに障子が開き、それと同時に老女がぴしゃりと叱りつけた。
「兼継殿、お控えなさい! ここは影勝様の妹御、桜姫の居室ですよ!?」
「雪村はどうしたのですか!?」
無視かよ。
それより何だか知らんが兼継の迫力に気圧されて、俺たちは「姫様の御前であるぞ」シールドを簡単に突破されてしまった。
「……上田で病を得た、と聞きましたが」
一番初めに立ち直った老女が、不審げな声を出す。そりゃそうだ。いつも落ち着き払った執政殿が、作法も何もかなぐり捨てているんだからな。
「大丈夫よ兼継殿。わたくしがちゃんと看病を」
「そんなもの、仮病に決まっているでしょう! あいつ……!」
見えもしない上田城を、兼継がきっと睨みつける。
え? 何で俺が怒られたんだ? 怒られる謂れはまったく無いんだが、迫力があり過ぎて誰も何もツッコめない。
鋭い目つきのまま兼継が「姫、上田に行くぞ」と俺の腕を掴んで引き摺り立たせた。
掴まれた腕が痛いが、ここで可愛く「痛ぁあい」なんて言おうものならグーパンが飛んできそうな殺気を漲らせていて、俺は慎ましく沈黙を守った。
ちなみに侍女衆は当てにならない。
雪村に避けられて取り乱す兼継なんて、あいつらにとっては『ご褒美』でしかない。
ギラギラと目を輝かせた侍女衆に「いってらっしゃいませ!!」と見送られ、俺は兼継に引っ立てられるように部屋を出た。
迎えにきていた真木の家臣が、目を丸くして俺たちを見ている。
それを後目に、俺を馬の後ろに乗せた兼継は「飛ばすぞ。落ちても回収には戻らん」と容赦のない宣言をして、馬に鞭をくれた。
馬は本当に飛ぶように走っていく。
俺は振り落とされないように兼継にしがみつきながら、後ろ頭を凝視した。
こんなに急いでいても、移動は普通の馬なんだな。
どこまでも愛染明王のチート能力を使わない兼継に、俺はこっそり感心した。
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