第177話 加賀遠征1

「討伐隊は俺が隊長だ。よろしくな」


 泉水殿が槍を構えてにっと笑う。泉水殿は小さい頃の雪村に槍を教えてくれた人だ。

 もっとも、越後では泉水殿ばかりじゃなく、鍛錬場で他の大人たちから、たくさん稽古をつけて貰ったけれど。


「兼継殿ではないのですね。怨霊討伐に長けている印象があったのですが」


 この前、有無を言わせず河童を惨殺していたし。

 でもそれを知らない泉水殿は「もう! そんなに残念がるなよー」と口を尖らせた。

 そして慌てる私に、「何でもかんでも あいつにやらせる訳にいかないからね」と、よく考えなくても当たり前の事を言って笑う。


 そうか、そうだよね。それでなくとも忙しいんだから。


「では此度はよろしくお願いします。泉水殿と、このようにご一緒するのも久し振りですね」


『泉水殿と一緒』も楽しいです、と伝えたくて笑い返すと、笑って頭をわしゃわしゃと撫でられた。

 子供の頃の雪村が、よくやられていたコミュニケーションだ。

 見た目が昔に戻っているせいか、泉水殿まで雪村の事を子供扱いし始めたよ。



 ***************                ***************


 舞田殿の領地は、加賀から能登・越中にまたがる。

 五大老筆頭が治める土地なだけあって、加賀は雅な雰囲気が漂っていた。

 雅なのに、一歩防塁の外に出ると土蜘蛛がわんさか闊歩しているんだから、何とも異様な風景だ。


「……すごいですね、これは」

「そうだな……」


 人里離れたところに集中している、というより領民に被害が出ないように、僻地に追い立てた結果がこれなんだろう。


「小型の怨霊は討伐したのですが、土蜘蛛には手を焼いておりまして」

「陰陽師に結界を張らせて凌いでおります」


 加賀の討伐隊の武士たちが、困ったように項垂れる。

 土蜘蛛は大きいし、脚が鎌みたいに鋭いから、討伐が大変なんだよね。


 一番簡単なのは、死角になる背中側から駆け登って 弱点の「額の赤目」を攻撃する事だ。これは剣神公が編み出した戦法で、越後武士は軒並みマスターしている。

 でもこれはスピードやバランス感覚も必要だから、一朝一夕で出来るようになるものではない。


 今の越後は、領民の安全を第一に考えて『歪』を塞いでいるけれど、剣神公が現役の頃は、神龍も戦にがんがん駆り出されていたし、『怨霊討伐』が鍛錬の一環だった。

 討伐隊が無かったのに越後武士が怨霊討伐出来るのも、それこそ雪村が怨霊討伐に慣れているのも、剣神公の『鍛錬』の賜物だ。


 私は加賀討伐隊の武士たちを見渡して話しかけた。


「火縄銃か弓を使ってはどうでしょう? 弱点は額のひと際大きな赤目ですよ」


 そのアドバイスに、加賀武士たちは首を横に振る。


「試しましたが、弓や火縄銃は構えている間に襲われやすい。仕損じると命を落とします」


 なるほど。刀だって思いっきり弱点をぶっ刺さないと霧消しないしね。小さな鉛玉一発食らったくらいじゃ消えないか。

 それでも加賀武士たちも他に攻撃手段が無いから、火縄銃や弓は小荷駄(戦の時に兵糧や武器を運ぶ部隊のこと)に運ばせていた。


 銃や弓では効率が悪い。そして現状だと、弱点を狙って土蜘蛛の背中を駆けあがる『剣神スタイル』も難しい。

 とにかく土蜘蛛の数が多すぎる。土蜘蛛Aに張り付いて攻撃中に、背後から土蜘蛛Bに襲われる可能性がある。


 私は泉水殿と顔を見合わせた。

 ここまで土蜘蛛大渋滞だとは思ってなかったよ。それでも何とかしなきゃならない。


「武器が飛び道具の者と刀の者、ふたり一組で討伐にかかれ! ひとりが攻撃、その間、もうひとりは援護にまわれ!」


 泉水殿が指示を出し、加賀武士たちが手にしていた武器を火縄銃や弓に持ち替える。

 私も弓を手にした加賀武士と組んで、土蜘蛛討伐を始めることにした。



 ***************                ***************


「効率が悪いですね」

「そうだな。ここまで溜まっているとは思わなかったな」


 宿舎に充てられた舞田家の別邸。

 ぽそりと呟いた私に、泉水殿も疲れた顔で吐息をつく。

 隊長の重圧もあるのか、泉水殿が重力に負けたみたいにごろりと床に転がった。


 通常、『歪』から出てきた怨霊は、その都度 討伐するからね。

 土蜘蛛クラスは一体を相手にする事が殆どだし、一気に殲滅する方法なんて剣神公から教わってない。

 これ、どうしたらいいんだろう。


「お前さ、こういう時ってどうしたらいいか、兼継から聞いてない?」

 床に転がったまま、泉水殿が私を見上げてくる。


「土蜘蛛は土属性、土属性の相克は木属性といった事くらいしか……強いて言えば鉛玉が金属性になる火縄銃より、矢が木属性になる弓矢の方が土蜘蛛に効くのでは、とは思います」


 この世界、というか現世にもあるけれど『五行相克』って概念がある。

 木は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、火は金に強く、金は木に強いというものだ。これは怨霊が普通に出てくるこっちの世界の方が、現世よりもずっと浸透している。

 それでいくと、土属性の土蜘蛛は『木属性』に弱いって事になる。

 木属性…… 木、植物か……


「……兼継殿から、教わったかも知れません」

「え? 本当か!?」


 がばりと起き上がった泉水殿に向き直り、私はちょっとだけ声を潜めた。

 実はこれから話すこと、あまり自信がない。


「明日、みんなで越後に戻りましょう」


 泉水殿が、きょとんとした顔で私を見返した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る