第172話 奥州遠征5

「今日は面白いものを見せて貰った。礼に我が邸へ招待してやる、ついてこい」


 上機嫌で笑った正宗が、ふと顔を顰めた。

 嫌だよ帰る、と言いかけていた私は、その表情に気を取られて「どうかしましたか?」と別の台詞を口にする。


「いや……今朝からちょっと、目がいずかったんだが……」


 そう言って眼帯越しに目を押さえた。

 ふーん? 


「疲れ目ですかね? 夜に書籍など読まれませんでしたか?」

「書籍など、もう何年も読んでおらんわ」


 そこは威張るなよ、内心で突っ込みながら「ちょっと見せて下さい」と眼帯に手を伸ばしかけた その瞬間。


「触るな!!」


 凄い形相の正宗が、私の手を激しく払った。

 びっくりして見つめている私を睨みつけ「もう良い、帰れ!」と怒鳴りつける。


 ……だんだん私は腹が立ってきた。


 構って欲しくないなら最初から「目がいずい」なんて言わなきゃいいのに。

 そういう言い方をされたら「大丈夫?」って聞いちゃうよね?


 よし、私は悪くない。


 私はずかずか近づいて手を伸ばし、驚いて固まっている正宗の眼帯を引っ剥がした。眼帯の下には左目と同じく、驚きに見開かれた赤い目がある。


 正宗は生まれつき目の病気で右目が赤い。

 その外見のせいで母上に嫌われていて、幼少期に「土蜘蛛のような瞳の子じゃ」と言われた事がトラウマになっている……とゲームの正宗ルートで説明されていた。


 オッドアイなんて厨二設定だな、とは思うけど、赤目は怖くも気持ち悪くもない。最初から知っていたならますますだ。


 私は右目を覗き込んで、ちょっとだけ瞼に触れた。

 案の定、瞼のきわに水泡が出来ている。


「疲れ目ですね。瞼のところに水泡が出来ているからいずいんでしょう。自然に潰れますから、放っておいて平気ですよ」


 そういえば、本も読まないのに何で疲れ目になったんだろう? それも眼帯をしている方の目が。

 眼帯を返しながらじっと見ると、正宗が気まずそうに目を逸らして、もそもそ言い訳した。


「……右目の方が、霊力が『視える』んだ。今日はお前が来るから。事前に『歪』の場所を探っていたせいかも知れん」


 怨霊を見つけるのが早いとは思っていたけど、霊力自体を『視認』できるから早いのか。それなら領内の『歪』の場所も、視認できるだろうな。

『歪』はこの世と異界の裂け目だから、そこから霊力が漏れ出ている。

 じっと見たままの私に視線を戻し、正宗が珍しく窺うような表情で口を開いた。


「お前はこの目が、怖くないのか?」


 ……何かこれ、桜姫の恋愛イベントでも聞かれていたな。


 選択肢は

 ①「怖くないわ」

 ②「ちょっと怖い……」の二択。


 当然①が最良選択肢で、②を選んだら恋愛失敗になる。


 正宗と恋愛イベントを起こす気はないけど、この雰囲気で②「ちょっと怖い……」を選択できるほど私は鬼じゃない。

 そもそも私は『雪村』だから恋愛イベントは関係ないし『正宗の手作りお菓子』をゲットする為にも、ここでアホな選択ミスは出来ない。


「ほむらの御神体が赤虎目石なのです。館殿の目は同じ色をしていますよ」


 にっこり笑って、私にしてはなかなか気の利いたリプを返しておいた。



 ***************                ***************


「そういえばお前は、奥州に居たことがあるのか?」


 機嫌を直したらしき正宗が聞いてきたので、私はふるふると首を振った。

 いきなり何の話だ。


「そうか、では『いずい』という言葉は越後で知ったのか? お前は子供の頃、越後に人質に出されていたと前に言っていたな?」


 ああそれ? 私は少し返答に困って首を傾げた。


『いずい』は北海道と東北、特に宮城に多い(らしい)方言だ。

 意味合いとしては説明が難しいんだけど……違和感というか『痛い』とか『痒い』とまでは言えない微かな痛みや痒み、みたいな感じかな? 

 これは越後で知った訳じゃなく、生前の私が北海道民だったから知っていただけだ。


 でもそんな事を言える訳がない。

 まさかこんな事にツッコんでくるとは思わなかったよ。

 上手い言い訳が思いつかなくて、私は「ええと……」と口ごもった。


 そんな私を見て、正宗が ふっ と気取って微笑む。


「そうか……俺と話を合わせるために学んだのか……?」


 斜め上にカッ飛び過ぎた解釈だけど、ツッコむのも面倒くさい。

 私は慎ましく無視する事にした。




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