第160話 強制終了バッドエンドフラグ1


 頭上の枝から 鳥がばさばさと飛び立つ音で、私ははっと我に返った。


 ……この人、いま、何て言ったの……?


「ナニヲイッテオラレルノカ、ヨクワカリマセン」

「棒読みになっているぞ」


 兼継殿が容赦なく突っ込んでくる。冗談を言っている顔じゃない。

 いや、そんな冗談が浮かぶ時点でアレだけど。


 何でバレてるの嘘でしょっていうか台詞から察するに結構前からバレてたみたいな感じがするんだけどそんな馬鹿な!!


 Yabee! JYAN


 ……なんてどこかの検索サイトみたいな事を言っている場合じゃない。どうしようどうしよう!!


 固まって動けない私を見つめていた兼継殿が、掴んでいた肩をぐいと引き寄せた。息も鼓動もわかるような距離で、少しだけ表情を緩める。

 微笑んでいる筈なのに、凄まれているようにしか感じられない。


「信倖には黙っておく。その代わり、金輪際二度と「自分に構うな」などと言うな。良いか?」


 有無を言わせない迫力に押されて、こくこくと頷いたけれど。それ、兼継殿に何のメリットも無いのでは……?


 そこを確認する前に、身を離した兼継殿はさっさと踵を返してしまったので、私は後ろ姿を茫然としたまま見送った。



 ***************                *************** 


「良かったじゃん。兼継が「構うなって言うな」って言ったんだろ? 雪が雪村じゃなくても「頼っていい」って事だよ」


 あの後、大慌てで相談しに行った桜井くんの反応はあっさりしたものだった。


『雪村が別人と入れ替わっている』って私は大事だと思っていたんだけど、桜井くんも兼継殿も、ついでに小介もあんまり重大に考えていないみたい。

 そういうものなの……?


 でもさすがに兄上は違うと思う。他の人と違って雪村は『みうち』なんだから。それでも兼継殿もそれを知っているって思うだけで、気が楽になった。


 何かあれば意見を聞ける。

 今までは桜井くんしかそんな相手が居なかったけれど、これからは兼継殿にも相談できるんだ。


 そう考えるとバレたのも悪くない、私はやっとほっとした。



 怒涛の展開すぎて、兼継殿のホモ疑惑話が遠い昔のことのようだよ……




 ***************                ***************



 怒涛の展開から一晩たち、私はやっと「兼継殿と、ちゃんと話しておいた方がいい」と当たり前の事に気が付いた。

 ええと、兄上に対する口止めの念押しとか……どこで私が偽物だって気付いたのか、とか。

 場合によっては、改めて経緯を説明して協力を仰ごう。




「お仕事が終わったら少し時間をください」と伝えようと御殿に行ったら、兼継殿はお休みだったので、早速私は直枝邸に乗り込んだ。


 兼継殿はお邸で何か書き付けをしていた。

 恐る恐る部屋に入った私を見て、僅かに苦笑する。


「思ったより遅かったな。朝駆けしてくるものと思っていたぞ」

「先に御殿に行ったので。今日はお休みだったのですね」

「お前が来ると思ったからな」


 うわあ。待ち構えていたのか。これは心して掛からねばならない。


 そもそも。

 いまの所は穏やかに見える兼継殿をこっそりと窺いながら、私は考えた。


『私が雪村じゃない』とバレたなんて、普通に考えて強制終了バッドエンドフラグだ。

『カオス戦国』では、強制終了バッドエンドになる選択肢がいくつか存在する。

 桜姫の失敗選択肢なら判るけど、雪村(女)ルートはゲーム中に存在しないから、どの選択が『正解』なのかが解らない。


 気付かれないようにひとつ深呼吸をして、改めて私は兼継殿に向き合った。


「あの……私が雪村ではない、と気付いたのは、いつなのでしょうか?」


 今更ごまかすのは悪手だ。ここは大人しく負けを認めて、協力を仰ぐ方向で行こう。それにはこちらの どうにもならない事情を訴えて、同情を買うしかない。


「お前がその姿になった頃合いだな。いくら女子になったとはいえ、雪村にしては女々しすぎた」

「そ、そんなに前から」

「当たり前だ。私は衆道ではない。お前を押し倒したのも雪村ではないと感じ取っていたからだ。そこのところはくれぐれも間違うな、いいか絶対だぞ!」


 物凄い強調っぷりだ! どんだけ黒歴史化してたの例の事件!! 

 でも取り合えず。


「わ、分かりました。分かりましたから思い出させないで下さい!」

 押し倒したってはっきり言うなー! マジでこのまま契られる、と思うくらい迫真の演技だった兼継殿を思い出し、私はひいい、と頭を抱えて蹲った。



 ***************                ***************


 恥ずかしいばかりで誰も得をしない展開を経て、私はやっとこちらの事情を話す事が出来た。

 私が異世界で死んだこと。

 雪村の中に転生して、女の身体になるまでは一緒に居たこと。

 さすがにどう説明すべきか解らなくて、ゲームの『女体化イベント』については触れなかったけれど。


「これも毘沙門天の差配なのだろうな」


 兼継殿が感慨深げに呟いた。……けれど私は桜姫じゃないし、私が雪村に転生した事と毘沙門天は関係ないんじゃないかな。

 それでも『毘沙門天の差配』って事にしておけば、越後では万人が納得するから、私はこの面妖な事態の一切を『軍神』に擦り付ける事にした。



「そんな訳ですので、元の身体に戻れば本来の『雪村』も戻って来ると思うのです。どうかそれまでは、兄上には内密にお願いします」

「悪戯に混乱させるだけだろうしな、承知した。……その代わり」


 深々と下げていた頭を上げると、こほんと咳払いをした兼継殿がふと顔を逸らすのが目に入った。ちょっと顔が赤い気がする。


「お前が信倖には内密に、と条件をつけるのであれば、こちらにも条件がある」

「何でしょう? 私に出来ることであれば」

「……私以外の男の手で、男に戻るな」

「? はい」


 何でそれが条件になるんだろう。

 雪村の女体化はゲームでは『兼継イベント』のひとつだし、そもそも兼継殿は今、『契る以外で男に戻る方法』を探してくれている。そりゃ待ちますとも。


 私は改めて、顔を逸らしたままの兼継殿を見つめた。

 きっと今朝の私には、本当に『バッドエンドフラグ』が立っていた。


『兼継殿の邸に……』

 ① もう一度 お願いに行く

 ② 行かなくていいや


 みたいな感じで。


 兼継殿はお仕事を休んでお邸で待っていた。

 まちぼうけ食らわせる②なんて、どう考えてもバッドエンド一直線だ。


 そうか。今の私は本来の『雪村』ルートから外れているから、大坂夏の陣までは絶対安泰、とも決まっている訳じゃないんだ。

 私は雪村(女)版の『強制終了バッドエンド』も回避していかなきゃならないのか。


 とりあえず今回は回避出来たみたいだ。ほっとして私は兼継殿に笑いかけた。


「雪村が戻るまでの間、私は全力で雪村おとことして頑張ろうと思います。どうか私の事は雪村おとこだと思って、今後ともよろしくお願い致します!」


 元気にお願いしたら、こめかみのあたりを押さえた兼継殿が、呆れ気味に呟いた。


「……お前は本当に、私の言いたい事を理解しないな」


 何を言いたかったのですか? と尋ねる前に、兼継殿が苦笑して頭を撫でてくれたので、結局私は、聞くタイミングを失ってしまった。


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