第158話 五年前の経緯と執政の逆鱗1

「安芸さんから返事が来た」


 桜姫から文が届いたので、私はそわそわしながら越後に向かった。返事が来たって事は、相模で何か動きがあったって事だから。

 うう、やっぱりこっちの世界でも『小田原征伐』が発生しちゃうのかな、って気分だよ。

 ちょうど兼継殿からも用事があるって文が届いていたから、ついでに会ってこよう。



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「安芸からです。此度は私宛に届きましたが、あなた宛ての伝達です」


 老女から渡されたのは銀細工の花簪と、簪を借りっぱなしだった事を詫びる内容の文だった。私宛てと言われても『老女に簪を借りていた』って内容じゃあ、どこら辺が私宛てなのかが全然解らない。

 ぽかんとした顔をしている私に、老女がこそりと聞いてきた。


「念の為に聞きますが。あなた、首藤殿とはどれほどの面識があるの?」

「首藤殿、ですか?」


 全然記憶にない。雪村の記憶を検索してみたけれど、やっぱり引っ掛かってこない。……でも雪村ってあんまり他人に興味がないタイプなのか、安芸さんの事も忘れていたからなぁ。


「申し訳ありません。覚えておりません」


 正直に答えると、老女と桜姫が顔を見合わせている。そして。

「……この程度の認識なのにね。これからお話すること、とっても胃もたれするわよ」と桜姫が可愛らしく苦笑した。



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 桜姫と老女が話してくれたのは、長いこと雪村が知りたがっていた『五年前に雪村が甲斐に戻された理由』だった。でもそれは、知って楽しい内容ではなかった。


「ようするに」

 確認も兼ねて、私は二人を交互に見ながらばっさりまとめる。


「五年前に私が甲斐に戻されたのは『男色の色恋沙汰』が原因だから、相模の首藤殿には注意しろ、と言うお話ですよね?」

「端的に言ってしまえばそうなります。しかしあなた、本当に解っているのでしょうね? 『男色』は主題ではありませんよ?」

「そうよ? 首藤とやらは雪村の『顔が好き』って身も蓋もない事を言っているの。両刀でもおかしくないわ」

「姫、本題はそこではなくて」


 そう、本題はそこじゃない。雪村が『首藤殿とやらを知らない』ってところだ。

 顔も知らないのに、どうやって警戒したらいいんだろう。そんなモブ、ゲームにも出てないよ……


 とりあえず、教えてくれてありがとう安芸さん。

 老女宛てに文が来たって事は、安芸さんは『越後の雪』の存在も隠した方がいいと判断したんだろう。それなら『直接会って情報のやりとり』って手が使えなくなった訳だから、他の方法を考えないと。


「申し訳ありませんが、また安芸殿宛てに文をお願いする事になりそうです。その時はご老女を経由させていだだいても宜しいでしょうか?」


『他の方法』を使うには、まずは兄上に許可を取らないと。

 私はまた手間をかけてしまうであろう桜姫と老女に、深々と頭を下げた。



 ***************                *************** 


「あなたが持っていなさい」


 安芸さんから送られた花簪と文を渡されて、桜姫の部屋を辞した私は、仕事が終わりそうな時間を見計らって兼継殿を待ち伏せた。

 老女は「おそらく姫と同じ用件でしょう」と言っていたけれど、『五年前、ホモを装いました』って内容じゃあ兼継殿も言いづらいんじゃないかな。


 私もまさか乙女ゲームに準拠しているこの世界で、BL要素をぶっ込んでくるとは思わなかったよ。さすが『カオス戦国』なんて呼ばれているだけあるカオスっぷりだ。


 よし。そこらへんはちゃんとフォローしてあげないとね!



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