第157話 子供戦術
「雪村兄ちゃんに見せたいものがあるんだ」
佐助たちに連れて行かれたのは上田の城下町だった。
父上が城下でのゲリラ戦を想定して設計した城下町は、見通しが悪くて家屋が建て込んでいる。まっすぐ城まで進もうとしてもあちこちで引っ掛かるような複雑設計だ。
「前に兄ちゃんに『竹束』って竹の防具の作り方を教えてもらっただろ? あれに似たやつを作ってみたんだ」
そう言って丁字路になっている小路に誘い、角に立つ家の引き戸横に立てかけられていた莚を解く。
中から出てきたのは、竹を紐で結わえて簾みたいにしたものだった。竹の表面は年季が入ったような加工がされていて、一見して竹だと判りづらい。
両端の竹は下の先端を尖らせていて、土に差し込んだだけで簡易な柵になる。遠目からなら行き止まりに見えそうだ。
「大殿さまがここを作る時、迷路みたいに作ったって兄ちゃん言ってただろ? 戦のたびに塞ぐ小路を変えれば敵は混乱するって。だから簡単に小路を塞げる戸を作ったんだよ」
私はすっかり大きくなった佐助達を見渡したまま、言葉が出なくなった。
子供騙しみたいな乱杭の真似事をしただけなのに、この子たちはちゃんと、自分の育った土地を守る為に考えてくれている。
なのに私は、あんなに科学が発達した現代から来ておいて、全然ここで役に立てる技術も知識も持っていない。
どうして私が『雪村』に転生したんだろう。同じプレーヤーでも、もっと優秀な人なんてたくさん居ただろうに。
申し訳なさと不甲斐なさで泣きそうになって、上を向いてぐっと堪える。
「すごいな、お前たちは。私もお前たちや、この土地を守り切れるよう精進するよ」
「じゃあ他に何かない? 父ちゃんが言ってたんだ。近いうちに戦になるかもって」
「そうだな……」
私は手許の竹簾を見ながら呟いた。
ゲーム通りに進むなら 関ヶ原まで三年も無い。そしてこの世界の大阪夏の陣は、関ヶ原から三年後に勃発する。
史実では十五年ほど後だけど、ここは乙女ゲームの世界。そんなに引き延ばしたら桜姫が三十歳超しちゃうしね。乙女のうちに終わらせたいんだろう。
だったらそろそろ『上田城籠城戦』の下準備にかかるべきかも知れない。
どのルートに進んでも、関ケ原は起こるはずだ。
「これはどのような時に使うと効果的だと思う?」
「え? だから小路を塞ぐ戸に」
「うん。それもあるが敵の分断にも使えると思う。これを効果的に配置しておけば敵軍を一定方向に誘導することも出来ると思うんだ。例えばここに配置したとして……」
拾った枯れ枝で地面に図を書くと、子供たちがふんふんと覗き込んでくる。
分断した敵兵を袋小路に誘い込み、付近の家屋に潜ませておいた兵で一網打尽にする事も出来るだろうし、この柵を竹束にしたものの影に伏兵を忍ばせれば、敵軍の側面を銃撃する事も出来る。
この柵の影に伏兵を忍ばせれば、敵軍の側面を銃撃する事も出来る。
そうなったらすぐに敵が殺到するだろうから、手前に落とし穴を作った方がいいかも。底に先を尖らせた乱杭を仕込むのはえげつないかな?
それにこれはあまりやりたくはないけれど、城までの道を複雑に塞いで、迷ったところで城下に火をかけるって手もある。
ああ、伏兵を潜ませるなら脱出経路も確保しなきゃ。
「戦はいろいろな状況を想定しておいた方がいい。たとえば冬は地面が凍って硬いだろう? 逆に雨期は
身振り手振りを交えながら、ストローみたいに中をくり抜いたふたつの竹を重ねて、その
何とか言いたい事が伝わったみたいで、子供たちはなるほど、みたいな顔になった。
でもせっかく考えたのに、修正の指示をされたら面白くないだろうな。
私はちょっと悪い顔を作って「せっかくお前たちが考えた仕掛けだ。せいぜい敵軍を翻弄してやろうか。肥溜めに誘導する道順を作っていいぞ?」と笑うと、子供たちはわっと盛り上がった。
なりは大きくなったけど、やっぱり子供なんだなぁ……。いやいや。
「落とすのは敵軍だぞ? いたずらに使っちゃ駄目だからな!?」
私はうきうきと走り去る後ろ姿に、慌てて大声をあげた。
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