第154話 五年前の経緯4
「あのな、泉水。ちょお相談があんのやけど」
所用で城下に出掛けた泉水が首藤に捉まったのは、それから数日後だった。
わざわざ人気の少ない小路に引っ張り込まれ、泉水はうんざりとした顔を隠さずに首藤を見返す。
「俺ら、相談し合うような仲だったか?」
「いけず言わんと。ほら、剣神公も『義兄弟同士は仲良くせえ』って言ったやろ?」
「俺とお前は義兄弟じゃないよ」
ぽんと肩を叩いて立ち去ろうとした泉水を引き止め、首藤が引き上げた口角を耳元に近づけた。
「あのな。オレ、お前が前に連れていた武隈からの人質の子に惚れたみたいなんや。いや、仲立ちしてくれなんて言わへんけど、一応そっち側の子やろ? 耳にいれとこ思って」
「雪村は男だよ。妙な噂を真に受けるな」
「男でも別にかまへんよ? オレ、あの子の顔が好きなんやし」
あっさりそう言った後で、くすくすと小さく嗤う。
「ああそうや。兼継にも言っといて? 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでまうでーってな」
細い狐目をますます細め、固まっている泉水の肩をぽんと叩いて、首藤は小路を出て行った。
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兼継にどのように伝えるべきか。普段から物事を単純に考えがちな泉水は、頭を抱えてがっくりと項垂れた。
他人の恋愛沙汰など、それでなくとも面倒なのに、衆道どんと来いと開き直られるともっと困る。
さらに面倒なのは、これは兼継に対する嫌がらせだという事だろう。それに雪村を巻き込むなど
いくら考えても妙案が浮かぶ訳も無く、泉水はそのまま兼継に打ち明ける事にした。
「兼継。首藤の……ええと、趣味嗜好というか……好みについて、何か聞いた事はあるか?」
「そこまで親しくありません」
「いや、まあそうですよね! 俺も別に知りたくなんか無いんだが……先日、首藤に捉まってな。雪村を鍛錬場で見かけて、いたくお気に召したらしいのだ。……その、衆道的な意味で」
「はあ」
「それで兼継は雪村の世話役だからな。耳に入れておいて欲しいと頼まれた」
だんだん声が小さくなっていく。
何故こんな伝言を伝える羽目になっているのか。声と共にだんだん項垂れる泉水を見つめ、兼継が小さく吐息をついた。
「そのような事は当事者同士の問題で、私には関係ない。好きになされるがいい……としか言いようがないのを見越しているのでしょうね」
「だろうな」
しばし考えた後、兼継は事も無げに言い放った。
「こんな伝言を泉水殿に頼むのも申し訳ないが。首藤には「私が雪村に懸想している故、そちらはご遠慮願いたい」と言っていたと伝えてくれますか?」
「ちょっと待て兼継! いくら何でも、お前がそこまでする事はないだろう!?」
「いつもそばに置ける訳ではないのです。その隙をついて万が一の事があった場合、陰虎様の近習相手に人質の雪村が断り切れると思いますか? 嘘も方便だ」
判断を誤った。
もっと早く。せめて最初に妙な噂を聞いた段階で伝えておけば、別の躱し方もあったかも知れない。
淡々とした兼継に、泉水は申し訳ない気持ちで頭を垂れた。
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数日後。奥御殿、剣神の私室にて。
「影勝。城内で妙な噂を聞いたんだがね」
「……俺も、聞いています」
怒っているかのような憮然とした表情をしているが、恐らくは噂に困惑しているのだろう。
不器用な甥を見遣り、剣神は僅かに苦笑した。
兼継と首藤が『雪村を取り合っている』という噂。
そして兼継が『先に雪村を見初めたのは自分だから、首藤は手を引いて欲しい』と牽制したという。
『生涯不犯』を標榜する上森剣神。
世間には男性だと思われているが、実際は女性なのだから妻帯しないのは当たり前だし、後年には意外とあっさり覆されたけれど。
当時の越後は主君に倣って、性に潔癖なところがあった。
そこにこのような衆道の恋愛沙汰だ、騒ぎにならない方がおかしい。それ以上に。
剣神は目の前で 黙然と座る影勝を見遣った。
「これはいずれ直枝の耳にも入るだろう。事を進めるには『元凶』を取り除かなければならない。兼継の方の説得は頼めるね?」
「……はい」
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