第146話 奥州遠征3

 この時まで正宗は雪村を『桜姫の従者』だと思っていたから、城代だと聞いて驚いた顔をした……けどそれで引くようなタマじゃない。


「俺は俺のやり方で領内を統治している。たかだか城ひとつの城代風情が、偉そうな口をきくな!」

「怨霊討伐に外部の助力を乞うのも『俺の統治』の内なのですね。よく解りました。では失礼します」

「よぉしちょっと待て! 随行を許す! このまま『俺の統治』に付き合って貰おうか!」

「嫌です」


 慌てたように肩に置かれた手を振り払い、私はすたすたと歩き出した。桜井くん、エンディングで正宗絡みのイベントは無しになった。ごめんね。

 そもそもこれって自分の鍛錬の為だったんだけど、正宗にムカつきすぎてどうでもよくなっちゃったよ。


「おい」とか「ちょっと」とか聞こえるけれど全部無視して歩いていたら、いきなり陽が翳った。夕立前みたいな急激な暗さだ。


 いや、雲がかかったってレベルじゃない……? 振り向いて空を見上げると、同じように正宗も空を見上げている。たぶん私たちは同じような表情をしているだろう。



 放置された『歪』。

 その『歪』を引き裂きながら、土蜘蛛よりもずっと大きな怨霊がずるりと這い出してきていた。

 人間とも影とも動物ともつかないモノが、ゆっくりとこちらを見下ろす。

 目であろう場所は虚で昏く窪み、鎌の刃に似た赤い口が笑いを形作る。



 だ……だいだらぼっちだ……! ゲームでもめったに出現しないのに、何で生身の時に出た……!?



 弱った神龍を連れている正宗が居たらかえって邪魔だ。だいだらぼっちは土属性、水属性の神龍とは相克になる。

 あ、相克っていうのは陰陽道で「木は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、火は金に強く、金は木に強い」といった概念のこと。これでいくと水属性の神龍は土属性のだいだらぼっちに弱くて、代わりに火属性の炎虎には強いってことになる。


 とりあえずそれは置いておいて。


「舘殿! つべこべ言わずに『歪』を塞げる僧侶を連れてきて下さい! ここは私が何とかしておきますから!」

「しかし俺は領主で」

「いいから!!」


 私は思わず正宗の背中を蹴り飛ばした。仰け反った正宗が、バンザイをした格好のまま草藪の中へとダイブする。

 戻って来る気配が無いのを確認して、私はだいだらぼっちに向き直った。

 蹴り飛ばすなんて、兼継殿や美成殿には絶対に出来ないな。本当に正宗が相手だと調子が狂う。


「ほむら」

 私は己が使役する霊獣の名を呼んだ。ゆらりと空間が揺らぎ、炎を纏った白虎が姿を現す。久方振りの大物に炎虎は興奮しているみたいだ。


 低く唸り声をあげる喉元を軽く撫で、私は槍を構え直した。



 ***************                ***************


「おい、無事か!?」


 正宗がおじいちゃん僧侶を背負って戻って来た時、私はぜえぜえいいながら地面に転がっていた。

 修業したいとは思っていたけど、いきなりここまでハードなのは望んでなかったよ……!


 正宗が『歪』を見上げて何か指示している。塞ぎ方は解ってるみたいだな。

 私は槍を杖にして立ち上がり、おじいちゃん僧侶が『歪』を塞ぐ作業を横目で見ながら、よろよろと館領を後にした。



 ***************                ***************


 越後領内には『歪』が無い。

 ショートカットが出来ないから、戻った頃にはすっかり暗くなっていた。

 今日の業務は終わったらしく、灯りが落ちた御殿はしんと静まり返っている。


「ほむら、今日はお疲れ様」

 ごろごろと鳴る喉元を撫でてからほむらの召喚を解き、私はこっそりと御殿の庭に滑り込んだ。

 御殿の庭を抜けるとその最奥に、奥御殿へと続く竹造りの扉がある。


「雪村」


 扉に手を掛けた瞬間、暗がりから突然声をかけられて私はびくりと振り返った。

 新月からいくらも経っていない細い月灯りではよく見えないけれど、すらりとした長身と声でそれが兼継殿だと知れる。


 ほっとして私は兼継殿に向き直った。


「兼継殿でしたか。もうお仕事は終わりですか?」

「桜姫に聞いた。舘領に怨霊退治に向かったそうだな」

「はい」


 知っていたのか。なら話は早いや。私はだいだらぼっちにとても苦労した話をしようとして、ふと違和感を覚えた。


 暗がりに立ち尽くしたままの兼継殿は、何だかいつもと様子が違う。


「兼継殿……?」


 ふと小さな吐息が聞こえ、兼継殿の形をした影が近づいてくる。

 ざわりと総毛立って、私は思わず後ずさった。何でだろう ……怖い。 

 咄嗟に扉の奥へ逃げようとしたけれど、一瞬早く届いた兼継殿の手が扉を押さえてそれを阻む。


 扉を背にしたまま、私は兼継殿を見上げた。

 こんなに近くにいるのに 表情が見えない。


「雪村」


 感情の読めない声音で、兼継殿が名前を呼んだ。そして。


「あの男には義の心が無い。痛い目を見る前に手を引け」




 兼継殿が居なくなっても、しばらく私は動けなかった。

 何がどうなっているんだろう。


 私は『雪村』なのに。


 桜姫のイベントである『忠告イベント』が、何で『雪村』で発生したの?

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