第145話 奥州遠征2
北之領域から舘領に入ると、前に土蜘蛛に襲われていた辺りで 正宗が待ち構えていた。
「遅いぞお前! いつまで待たせるつもりだ!」
「こちらにも都合というものがあります。一方的に約束を押し付けるのはやめて頂けませんか」
桜井くんには「是が非でも怨霊退治に行きたい」とゴネたけど、私はさっそくその事を後悔していた。
正宗からの依頼の文に「いつ伺えば良いですか?」と返事を出すと、早馬がド派手に返事を持って乗り込んできたのだ。
普通、早馬は緊急事態の時に使う。
正宗はやることなすこと派手過ぎるんだよ! いきなり舘家から早馬が来たことで上森家は大騒ぎになり、館領に無断侵入して正宗に見つかった件を報せていなかった私と桜姫は、並んで正座させられて兼継殿にお説教された。
こっちの世界でも「報連相」は大事みたいです。
ちなみにその早馬が持ってきた返事は「今からすぐ来い」だった。
『今』って何時何時何分よ? そもそも早馬を使うような急ぎの案件じゃない。
無茶苦茶すぎませんかね?
*************** ***************
頭上から耳障りな鳴き声が聞こえてくる。私は振り上げられた前脚を注視しながら、隣に立つ正宗に声を掛けた。
「そもそも『何故こんなに館領には怨霊が蔓延っているのか』とは、考えた事がありますか?」
私と正宗の間に振り下ろされた前脚が 裂くように地面を抉り取る。それをお互い左右に飛んで躱しながら、私はちらりと頭上を見上げた。
土蜘蛛の弱点は“ひと際大きな額の赤目”だ。しかしすぐに止めを刺してしまっては修行にならない。
「知るか! 『歪』があれば出てくるだろう! 塞いだところで切りが無い!」
横凪ぎに襲って来た左前脚を太刀を振るって斬り飛ばし、正宗が怒鳴り返してきた。ああ、そういう認識ね?
「本来、霊獣が居る土地は神気に満たされます。塞いだ『歪』がまた復活するのは、霊獣が弱っている証拠ですよ」
偉そうに言っているけど、これは全部兼継殿の受け売りだ。私が知っていた訳じゃない。……けれど。
傲岸不遜な正宗が「ぐぬぬ」って顔をして、声も出せないでいるのを見ると『してやったり』って気分になるな。
気を散らしていたせいだろう。背後から矢のような速さで飛び掛かって来た怨霊に、私は気付くのが遅れた。
「馬鹿か! こんな時にぼけっとするな!」
正宗の手が素早く伸びて、私の腕を掴んで引き寄せる。すぐ脇を撓る(しなる)鞭に似た銀色の怨霊がすり抜けていった。……蛟だ。
蛟は銀色の蛇に似た中型の怨霊で、スピードだけなら怨霊中で一、二を争う。
私は槍を構えて蛟を見据えた。
「蛟は毒を吐きます。気を付けて下さい」
毒は吐くけど、触れたら赤くかぶれる程度の弱いものだ。ゲームでも3ターン目で自然治癒するくらいだし、毒を無視してとっとと片づけた方が効率がいい。
『敏捷』特化型の蛟は『攻撃力』と『耐久力』が低い怨霊だから、こっちの敏捷が高いなら『物理で殴る』一択だ。
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「だいたい片付いたんじゃないですか? 今の内に僧侶か陰陽師を呼んで『歪』を塞いで下さい」
手についた埃を払って振り向くと、正宗が「よし、ここはいいな。じゃあ次だ」と背を向けて歩き出した。
「お待ち下さい。このままにしていてはまた怨霊が出てきます。今なら危なくありませんから、僧侶を呼んで『歪』を塞いで下さい」
「先刻も言っただろう。『歪』を塞いでもまた開く。埒が明かん!」
「しかし」
「煩い! そもそも増え過ぎたから手を付けたが、ここは上森領との国境だ。怨霊を放しておけば防御壁になるだろうが!」
「何を言っているのですか! 怨霊を放置!? 国境とはいえ、この付近にも領民が居るでしょう。その方たちが襲われたらどうするつもりです!」
思わず大きな声を出した私を、正宗が片目を眇めてぎろりと睨んでくる。でも私は「雪村」だ。雪村が正宗ごときに負けてたまるか! 私も同じように睨み返して言葉を続けた。
「領民を第一に考えられない領主など、領主たる資格はありません。そしてそのような方に協力する義理も無い。今後、このような依頼は無用に願います」
「おい童。図に乗るのも大概にしろ! 貴様などに領主の何たるかを説かれる筋合いなど無い。弁えろ!」
「弁えて頂きたいのは貴方の方です。私は真木雪村、これでも沼田城の城代を任されております。童呼ばわりされる覚えはありません」
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