第141話 怨霊討伐と冬の祭典2

 ひと休みした後、私は庭掃除をしていた。さすがに侍女ユニフォームを着ていたら屋根や梁に登ることは出来ない。


 鯉が泳ぐ池の淵を掃きだしていると、自然と沼田の池で茹で上がった『ハトこ』の事が思い出されて切ない気分になってきた。

 そういえばまだ影勝様に、この事をまだ話していないんだよなぁ。

 泉水殿は「兼継殿に頼め」って言っていたけどどうしよう……



「仕事中にすまない侍女殿。少しいいだろうか?」


 ……兼継殿の事を考えていたから兼継殿の声が聞こえたんだ。

 そう思いたかったけど、続けて聞こえてきた「老女が何処におられるかご存じないか?」と言った声も、やっぱり兼継殿にしか聞こえない。


 まずいどうしよう? 何でこんな恰好の時に奥御殿に来たんだ。今は「女装するな」と言われても着替えがないよ。



「……桜姫のお部屋ではないでしょうか?」


 私は目を限界まで細め、ほっぺたを思いっ切り膨らませてから振り返った。メガネもマスクも無いこの世界じゃこれが変装の限界だ。


「そうか、では案内を頼みたい。いきなり姫の部屋を訪っては驚かせてしまうだろう」兼継殿は爽やかに微笑んで案内を乞うてくる。とっとと離れたいけど、そう言われると断れない。


 私は仕方なく「はい」と返事をして、縁側をよじ登った。



 ***************                ***************


 兼継殿の先に立って縁側を進んでいると、向こうの角から桜姫付の侍女がやってくるのが見えた。よし、彼女に引き継ごう。


 そう思って呼び止めかけたところで、突然目の前の風景が切り替わった。

 明るい縁側を歩いていた筈なのに、いきなり障子と襖に囲まれた部屋の中だ。


「えっ?」


 声を上げかけた私の口を、後ろから伸びた掌が塞いでくる。

 どうやら私は兼継殿に、最寄りの部屋へ引っ張り込まれたみたいだった。



 ***************                ***************


 縁側を歩く侍女の足音が遠ざかっていく。


 薄暗い部屋の中で、私は兼継殿に口を塞がれたまま目を白黒させた。

 引っ張り込まれた空き部屋には 布団や座布団が重ねられていて、それでなくとも薄暗い部屋がますます暗い感じがする。


 どうしたものかと思っていると、耳元で笑いを堪えてるみたいな声が聞こえてきた。

「いつまでそんな顔をしているつもりだ。侍女衆に見られたら末代まで噂されるぞ」


 口を塞いでいた手がむにっと動き、膨らんでいたほっぺたを潰してくる。ぷぷっと口から空気が漏れて、私は口を尖らせたまま後ろを向いて文句を言った。


「いつから気付いてたんですか?」

「最初からだよ」


 耐えきれなくなりましたって感じで兼継殿が笑いだした。

 ……なら最初に言ってくれ。無意味にイケメンの前で変顔を披露しまくった私っていったい……

 自分のアホさ加減が急に恥ずかしくなって もぞもぞしてるんだけど、兼継殿の腕がなかなか解けない。


「兼継殿……?」


 首だけ振り向くみたいに見上げたら、いつの間にか笑うのをやめて、何だか真剣な顔で見下ろしている兼継殿と目が合った。


「雪、お前は」


 兼継殿が何か言いかけた瞬間。


 ぷすり


 どこかから音がして、薄暗かった部屋に仄かな光が差し込んだ。


 ぷすり ぷすり


 音はだんだん増えていき、私と兼継殿は、自然と音がなる方へと顔を向ける。


 障子には指先ほどの穴が無数に開いていて、音と光はそこから漏れているみたいだ。

 やがて障子の向こうに雲みたいな もこもことした異形の影が映り、無数の穴から一斉に、人間の目が覗いてきた。


 超絶ホラーな光景だ! ……けどこれは見当がつく。


「兼継殿! 百目鬼です!」

「は!?」

「歪も無いのにどうしてここに!?」


 百目鬼は醜く盛り上がった身体に無数の目がついている怨霊だ。グロテスクな外見だけど、そんなに強い訳じゃない。

 ゲームでは見た事があっても実物を見るのは初めてだよ。でも私、刀も槍も持ってない!


「兼継殿! 脇差を貸して下さい!」

「雪村待て! これは違う!」


 違わないよ! 止める兼継殿にはおかまいなしで、私は兼継殿の腰から鞘ごと脇差を抜き取り、障子に向かって駆け出した。


 すぱんと障子を開けると、そこには何もいなかった。


 ……そんな馬鹿な。百目鬼の『俊敏』は最低ランクだ、取り逃す筈がないのに。

 後から来た兼継殿が、茫然としている私から脇差を取り上げて苦々しい表情をした。


「くそ、冬之祭典か……! 雪村、私達は嵌められかけたようだぞ」


 フユノサイテン? そんな怨霊いたっけ? 

 でも確かに怨霊は居た。異形の影も百の目も確かに見たし、何より障子に残された無数の穴がその証拠だ。こっちの世界オリジナルの怨霊なんだろうか。


「冬之災天……? 浮遊ノ災転……??」 

 ぶつぶつ言ってる私を見て、何故か兼継殿が、抑え気味に溜め息をついた。


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