第139話 煎餅謀略戦

「兼継、俺はそんなつもり無いから牽制しなくていいぞ」


 こっちも何だか分らない事を言って、泉水殿が桜姫の手からお煎餅を取り上げた。

「美味しそうな煎餅ですね。兼継もああ言って居ますし、俺が貰ってもいいですか?」


 いやあ腹が減ってて、そう言って泉水殿はにこにこ笑いながら煎餅に齧りついた。泉水殿としてはこれ以上桜姫のアイテムで揉めたくなかったんだろうけど、桜姫と私は同時に「あっ」て顔になる。


「……!? ぐはァっ!!」

 案の定、数回咀嚼した後で固まった泉水殿が、豪快な咳き込みとともに煎餅を噴き出した。


 ちっ と舌打ちする桜姫とげほげほと咳き込む泉水殿。冷静に侍女を呼んで「水を」と指示する兼継殿。


 私は頭を抱えたい気分になった。

 あの赤い煎餅は唐辛子の赤だ。別に身体に害になるものじゃないけどちょっと待て。


「桜姫、あの唐辛子は私の部屋にあったものじゃないですか……!?」

「当たり!」

「当たり! じゃないですよ。この時代じゃ唐辛子は毒扱いですよ……!」


 私は声を抑えて桜姫に囁いた。桜姫はまだきょとんとしている。


 唐辛子で実際に死ぬ訳じゃないけど、戦国時代ではその辛さゆえに毒扱い、もしくは足袋の先に入れるカイロ扱いで、香辛料として食べる習慣は(まだ)無い……と、先日大阪で買った生薬の本に書かれてあった。


 その本は「種子付限定版」で、唐辛子の種も入っていたから植えたんだけど、まさかこんな事になるとは思ってなかったよ。


「泉水殿、多少喉がひりつきますが死にはしません。水を飲めば治りますから」


 咳き込む背を撫でつつそう伝えたけれど「多少!? 多少なのこれ!??」と擦れた声で泉水殿が涙目になっている。

 侍女が持ってきた水を飲んで落ち着いたところで、泉水殿は恨みがましく兼継殿を見遣った。


「兼継、知っていて俺に勧めたのか?」

「私が知る訳がないでしょう。ただ桜姫は私宛の手土産に、毒茸を仕込んだ前例がありますからね。警戒はしていましたが、まさか雪村からの土産と偽ってまで毒を盛るとは思いませんでした」


 泉水殿が腹を空かせていなければ私が食べていましたよ


 イケメンが憂いを滲ませてそう言うと、全くその通りって気分になってくる。うんうんと頷いている泉水殿も多分、自分がうまく言い包められた事に気付いていない。


 まずい。桜姫的にはちょっとした悪戯だった筈なのに、兼継殿にかかると あっと言う間に凶悪殺人犯の爆誕だ。


 さすがと状況の不味さに桜姫も気が付いたらしいけど、理論的な反論ができずに口をぱくぱくさせている。


 仕方が無いなぁ。

「兼継殿、泉水殿、申し訳ありません。この唐辛子は私の部屋にあったものです。今、生薬についての勉強をしていまして、さまざまな植物を植えているのです。桜姫はこれが毒だとは知りませんでした」


 桜姫を庇って前に立ち、私は二人に頭を下げた。

 まさか唐辛子を食べさせて謝罪する日が来るとは思ってもみなかったよ。


 そんな私に桜姫が楚々と寄ってきて、そっと肩口に寄り添ってくる。


「あなたに謝らせるなんて。全部兼継殿のせいよね? ごめんなさい雪村……」

「桜姫……」


 何だ何だ桜井くん、ずいぶん甘えてくるなあ! 内心でツッコみながら顔を上げると、ずかずかと近づいてきた泉水殿が「よぉーし後は俺に任せておけ! さあ帰った帰った!」と強引に部屋から追い出されてしまった。


 何だかよく解らないけど、被害者がもういいって言うんだから大丈夫だよね? 


 私は桜姫と御殿を後にした。



 ***************                *************** 


「最後に兼継に一矢報いられて良かったよ。サンキューな 雪」


 奥御殿までの道すがら、桜井くんは満足げだけど私はすっきりしなかった。桜姫の好感度を上げに行った筈なのに、唐辛子煎餅のせいで台無しになった気がする。


「せっかく金平糖を食べさせるミッションには成功したのに、いまいち好感度が上がった気がしないなー」


 そうぼやくと、ちょっと呆れ顔の桜井くんに「別にあの金平糖、媚薬でも何でもないんだからさ」と返された。


 そりゃそうだ。

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