第138話 金平糖攻防戦3
「きゃ……!」
転ぶ! と思った瞬間、兼継殿の手が伸びて、猫を摘まみ上げるみたいに私の襟首を掴んで引き上げた。
見上げると、すぐ目の前に兼継殿の胸元が見える。
思ってもいなかったチャンス到来! 私は卑劣にもその体勢から、兼継殿の懐に飛び込んだ。
*************** ***************
襟首を捕まえてた猫に飛び掛かられたら、誰だって体勢を崩す。
逃げられないように伸しかかりながら、私はさっきの兼継殿を真似て悪い顔をした。
「捕まえました。約束ですよ? さあ、金平糖を食べて下さい」
ふっふっふ と笑いながら金平糖を振りかざす。さんざん弄ばれた砂糖の塊は、指先でちょっと溶けかけていた。
「おい、今のは卑怯だと思わないか?」
笑いを堪えてるみたいな顔で兼継殿が苦情を申し立ててきたけれど、そういうのは全っ然聞こえません。
兼継殿が身動いだので、私は振り払われないように、慌ててぎゅうと押さえ込んだ。
「紙で滑ったのは策です。そうでもしなければ兼継殿が捕まりませんでしたから」
「嘘をつけ、悲鳴を上げていたじゃないか」
「気のせいです」
つらっと嘘を重ねた私を見上げて、兼継殿がすごく悪い笑顔になった。
「それがお前の策か。良いのか? 策に嵌ったのはどちらか、思い知る事になるぞ」
どういう意味ですか?
聞き返す前に襖が開き、戻って来た泉水殿が戸口で固まった。
*************** ***************
「……何やってるんだよ、お前たち」
私と兼継殿をまじまじと見つめたまま、和泉殿が呆れたような声を出す。
「何と言われても……」
改めてそう問われて、私はやっと気が付いた。
紙が散乱しまくった部屋。倒れている兼継殿に伸しかかったこの体勢って、何だか大立ち回りの末に、私が兼継殿を押し倒した、みた……いな……
「ぎゃあぁああ!?」
私は悲鳴を上げて飛び退った。
こっちはこんなに慌てているのに、兼継殿があっちを向いて肩を震わせているのが腹が立つ。
やがて身を起こした兼継殿が、笑いながら泉水殿に説明した。
「桜姫から頂いたという南蛮菓子をな、互いに押し付け合っていたところだ」
言っている事は間違ってないけどニュアンスが違うよ! それじゃまるで嫌な事を押し付け合っているみたいだ!
慌てて言い訳しようとしたら、泉水殿が「知ってて言ってるんだろ? お前は本当に人が悪いな」と大きな溜め息をついて身体をずらす。
泉水殿の影からジト目の桜姫が出てきて、私と兼継殿を交互に見ていた。
*************** ***************
「桜姫が取次に目通りを願っていたから。ついでに連れてきたんだ」
しまったな、って顔をしているけれど、泉水殿は悪くない。
しんしんと冷え込んでいく空気の中、桜姫がにっこりと私に向き直った。
「雪村、忘れ物よ? 相模のお土産を兼継殿にも持っていくのではなかったの?」
そう言ってこんがり焼けた、赤いお煎餅を差し出してきた。
桜姫に言われるまで気づかなかったんだけど、私は桜姫と侍女衆へのお土産のことばっかり考えていて、兼継殿にお土産を買うって発想が全く無かった。
……この前、小袖を買って貰ったのに……私、酷くない……?
気付いてくれてありがとう桜井くん。内心でお礼を言ったけど、何だかおかしな事に気が付いた。
炙りなおしたお煎餅ってあんなに赤かったっけ? もっと醤油の茶色が濃かった気がする。
よく目を凝らして見て、私はぎょっとした。
「ちょ、桜姫、それは……!」
「泉水殿、私はこちらの南蛮菓子を貰うから良い。そちらは泉水殿が頂いて下さい。先ほど腹が減ったと言っていたでしょう」
私の手首を掴んだ兼継殿がにっこりと笑い、摘まんでいた指先の金平糖をそのままぱくりと食べてしまった。
こんなにあっさり食べるなら、最初からゴネなければいいのに。
そう思ってじっと見ていると、兼継殿が私を見て艶やかに笑う。さっきまでの悪い笑顔とはえらい違いだ。
「お前の指は甘いな」
「金平糖が溶けたせいでしょう」
何を当たり前の事を言ってるんだろう。
兼継殿がくつくつと肩を震わせていて、泉水殿と桜姫が顔を見合わせているけど、何が何だか解らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます