第126話 処分解除
何があったのか分からないけど、ふらふらの桜姫を連れて兼継殿は帰って行った。
結局私は、兼継殿と話すことも桜姫に解決策を聞くことも出来ないまま、上田に戻る事になった。
桜姫がいれば「姫の負担になりますからお先に!」ってほむらを使って帰ることも出来るんだけど、さすがに私だけじゃそれは出来ない。
本来、ほむらは当主の兄上に仕えるものだから、兄上を差し置いて私が楽して帰るわけには……うう……
そんな訳で日数かけて、今回は馬で帰ります。
この世界にもスピードが速い『早馬』って天馬がいるけど、ステータスが『俊敏』に全振りなせいで重い物を乗せる『体力』は無い。そして戦場でうっかり矢でも受けたらすぐ死ぬくらい『HP』も無い。
だから伝達用にしか使えない『伝書鳩の馬版』って感じで、人は乗れないのです。
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通常の馬で時間をかけて帰る。
そうなると途中で、寺や馴染みの商家に泊まることになるんだけど。
「……六郎?」
今日宿泊する商家で、私は久し振りに 近侍を解かれた家老代理を見かけた。
私の方を見ないようにしながら、六郎が兄上に言上する。
「件の商家に急な病人が出たとのことで……到着までに準備が整わず、申し訳ありません」
「構わないよ。こちらの商家には迷惑をかけたね。主人には後で僕からもお礼を言うよ」
六郎を労って下がらせた後で、兄上がこそりと「ごめんね。宿泊予定だった商家で急な病人が出たらしくて……差配のし直しに来ちゃったんだ」と囁いた。
どうやら今回の上洛は、道中の宿の手配は六郎がしていたけれど、宿を借りる予定だった商家に急な病人が出て借りられなくなった。
それでこの商家は、急遽六郎が再手配したらしい。
兄上の口振りからすると、私と会わせないようにしていたんだろう。……腕を強く掴まれただけだし、あまり気にしてなかったんだけどな。
ただ私が痛がったせいで大事になってしまった、そういう意味では六郎と顔が合わせづらい。
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夕餉をいただいた後、私はぼんやりと兄上たちの歓談を眺めていた。
宿を貸してくれた主人の他にも何人か、地元の商家らしき人たちが混じっている。商談も当然兼ねているんだろうな。
男だったらもう少し積極的に話に入るんだけど、今の女か子供にしか見えない感じだと「生意気な奴」ってとられかねないから大人しくしていよう。
六郎も話に入ることなく控えている。
何となく見ていると、顎のあたりに無精ひげが生えてのが分かる。沼田に居た時はきちんとした身なりだったから、ちょっと意外な感じだ。
私が見ている事に気付いたのか、六郎がふいと顔を逸らした。
何だか六郎とは物別れって感じだったなぁ。何となく気まずくて、結局私も目を逸らした。
コトコトコト……
茶碗が鳴る小さな音に続いて ドン! と突き上げるような振動が来た。続けざまに左右に揺さぶるような激しい揺れが襲ってくる。
地震だ! こっちの世界にも地震ってあるんだ!?
慌てて立ち上がろうとしたけど、揺れが凄くてぺたんと尻餅をついた。
上手く立てない。
「雪村様、危ない!」
切羽詰まった六郎の声に顔を上げると、すごい勢いで突進してきた六郎が私に覆いかぶさって来た。
六郎の肩越しに、私の真上にあった長押から槍が落ちてくるのが、スローモーションで見える。
六郎、どうして私を庇うの?
このままじゃ落ちてきた槍で、自分が怪我するよ?
私のこと、あんなに嫌っていたのに。
咄嗟に六郎の衿を掴んで、巴投げみたいに身体を跳ね上げられたのは、突進の勢いと投げのタイミングが上手い具合に合ったんだろう。
ありがとう根津子。鍛錬が役に立ったよ!
……決して突進してきた六郎にびっくりしすぎて、全力で避けた訳じゃない。
綺麗に弧を描いた六郎の身体が宙に浮き、ばたつかせた足が落ちてきた槍を蹴り飛ばす。
そのまま六郎の身体は 背後の襖をぶち破って、隣の部屋へと吹っ飛んだ。
そして衿を放し損ねた私も一緒に吹っ飛び、六郎の上にぽすんと落ちる。
「いたた……」
衿を放し損ねたせいで、六郎をクッション替わりにしてしまった
ごめん、と言いながら顔を上げると、六郎のびっくりした顔が思いのほか至近距離にあって、私は慌てふためいて手を放して立ち上がった。
そしてついうっかり、続いて起き上がろうとした六郎に慌ててしまい、右足で胸元あたりをどすんと踏みつけて動きを封じてしまった。
いつの間にか収まっている地震。
ぽかんとした顔で兄上が私を見ている。部屋に居た人たちも皆、同じような顔だ。
外れて吹っ飛んだ襖、柄の折れた槍。
その視線の先には
大の字で横たわる六郎と、それを仁王立ちで踏みつけている――私。
「ち……違う、違うんです、兄上……」
私はふるふると首を振りながら、右足を退けて後ずさった。
何が違うのかは私にもよく解らない。
しばらく寝そべったままだった六郎が、やおら起き上がり、がばりと兄上に向けて土下座する。そして有らん限りの声で絶叫した。
「信倖様、お願いです! 俺を雪村様の近侍に戻して下さい!」
お願いします、お願いします! と絶叫し続ける六郎に、私と兄上は顔を見合わせた。
「兄上……」さっき六郎を踏みつけた時、すごく恍惚とした表情をしたのが怖いです。
「雪村……」何でこんな時にこんな事になるんだよ。兼継に何て言えばいいのさ。
言葉には出さないけど、お互い躊躇ってるのが丸わかりだ。
でもそんな兄弟の思惑なんて、家臣たちには解る訳がない。
「信倖様、六郎も反省しているようですし……」
「身を挺して雪村様をお庇いしたのは紛れもない事実です。ここはひとつ……」
「何より今の雪村様ならば、何があろうと大丈夫では?」
捨て身の六郎の行動が、家臣たちを味方につけてしまった。
結局私達には、赦免を与える道が残されていなかったし、別な意味で厄介になった六郎を連れて、沼田に戻るしかなくなった。
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