第125話 打診と打算と姫の災難6 ~side S~
「今ね、兄上のところに兼継殿と美成殿が来ているから。一緒に帰るといいよ」
さすがと今の雪村に、夜道の護衛は頼めない。
俺はしぶしぶ頷いて、野郎どもの飲み会終了を待っているところだ。
「今日、薬の本を買ってきたんだよ」
そう言って見せてくれた本には、花や草の絵がふんだんに書かれている。『桔梗』や『朝顔』は読めるが『延胡索』ってどう読むんだ?『茴香』って何?
現世でなら手にも取らないだろう。だがスマホもゲームもマンガもない世界だから、こんな本でも珍しくて面白い。
「このイラストを模写して、領民に見つけて貰おうと思って。山菜取りに山に入った時にでも」
毒矢用の鳥兜も薬になるみたい
俺にも書面を見せながら、雪は真剣に読んでいる。
雪はここが18禁乙女ゲームの世界だって覚えているだろうか。
戦国シミュレーションだと思ってるよなぁ、たぶん……
*************** ***************
雪村が城下で買ってきた、どっかで見たようなキャラ饅頭を食っていると、疲れた顔の信倖が顔を出した。
そして大変に面白い事を言い出した。
「あのさ、兼継が酔い潰れちゃって。寝所を用意させるからその間、兼継に付いててやってくれない?」
「へえ、兼継殿が潰れるなんて珍しいですね」
珍しいなんてもんじゃない、あの兼継が酔い潰れているだと? 何があったのかは知らないがこれは千載一遇のチャンスだ。
鼻息も荒く、俺は雪村に詰め寄った。
「酔い潰れている兼継殿なんて、わたくし見たことが無いわ。わたくしがお世話したいです」
「そうですか。それでは姫にお願いします」
「いえいえ! 姫の手を煩わせるほどではないよ。女性にとってはもう遅い時間だし。ね?」
雪はあっさりと言ったが、どういう訳か信倖から駄目出しが入った。
何だろう……呑み過ぎてゲロったのか? そしてそれを超絶美少女姫には見せたくないと……?
これは 何が何でも行かねばなるまい。
予想外に渋る信倖を強引に説き伏せて、俺は信倖の私室へとダッシュした。
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そっと襖を開けると、あぐらをかいて俯いたまま動かない兼継の姿が見える。
残念ながら、ゲロった形跡は無いようだ
音をたてないように襖を閉め、俺はじわりじわりと兼継ににじり寄った。
兼継が酔い潰れるイベントなんて、桜姫ルートでも通常イベントでも発生しない。って事は雪村(女)用のイベントだ。
そんなのは当然、ゲーム中では無かったが、六郎あたりのアレコレは、雪村が女になってなきゃ発生しようが無いからな。これも新たに派生したイベントかも知れない。
のんびりし過ぎていて忘れがちだが、ここは18禁乙女ゲームの世界。
ならば酔った兼継に襲われるってのが王道でお約束だろう。それ以外は認めない。
雪村だと思っていた相手が桜姫だったら、さぞあいつは吃驚するだろうさ。
考えるだけで楽しすぎる。
実際ヤられたらどうすんだ、って心配はいらない。
何故なら俺は桜姫。兼継が手を出せない唯一無二の存在だからだ。
俺は心の中で咳払いをしてから、精一杯雪村っぽく兼継の耳元で囁いた。
「兼継殿、起きて下さい。寝所の用意が出来ました」
「寝所」ですよ。どうですかこの淫猥な響き! ゲームでは、雪村や美成の女体化は一晩だけだったから、女雪村も女美成も 桜姫の声優が声を当てていた。
と言う事は、声だけなら成り済ましも十分に可能。さあ来い!
……渾身のモノマネだったけど、肝心の兼継が起きる気配が無い。
当然襲われる気配もない。
くそ、もういっかいモノマネするか? それともアーレーやめてください兼継殿ーとかやっちゃう?
そう思いながら、あぐらをかいた膝の上に頭を乗っけるようにして、顔を覗き込んでみる。
……愛染明王様が いらっしゃる
俯いていたせいで長めの前髪に隠れて見えなかったが、もうほんっとーにどっかの寺の左右に置かれている阿吽の顔した明王様みたいな、凄みきかせた兼継が、膝の上の俺を見下ろしていた。
「やだ兼継殿、起きていらしたの? イケメンが台無しですわよ」
ヲホホと笑う俺を、兼継は極寒の視線で見下ろす。
視線で人が殺せるなら、俺は間違いなく今、死んだ。
「何だこれは」
「えっと……ひざまくら?」
兼継がやおら立ち上がったせいで、俺はしこたま後頭部を畳の縁に打ち付けた。
「痛ってー……何だあんた、酔い潰れてたんじゃなかったのかよ」
頭を撫でながら、俺は頭痛を堪えるような表情の兼継を振り仰いだ。
「酔っていても、邪悪な者を無意識に縊り殺さないだけの分別はあったようだ。良かったな」
「邪悪って……天下の神子様だぞ俺は」
「邪神も神だ」
駄目だ。酔っているというアドバンテージを貰っても、口でこいつに勝てる気がしない。
仕方が無いので俺は話を変えることにした。
「そういえば信倖が寝所を整えるって言ってたぞ。結構たつしそろそろ呼びにくるんじゃね?」
「お前はそんな状況下で あんな事をしていたのか。恐ろしい奴だ。酔いは醒めた。帰る」
本当に醒めたらしい兼継が身支度を整え始め、俺は特に考えもせずに声をかけた。
18禁乙女ゲームのイベントなんて、そんなもんだと思ったから。
「せっかくのチャンスだろ? 泊まっていけばいいのに。雪村の寝所にでも押しかけておいたら?」
「ははは、姫はおいたが過ぎるようだな」
爽やかな笑顔とともに、兼継の手が ぽんと俺の頭に置かれる。
その手が、獲物を捕らえた猛禽類のように俺の頭を鷲づかみ、ぎりぎりと締め上げ始めた。
「いたいいたいいたたたたた! ちょまじやめ、いやぁあああああ!!」
本気で頭を握り潰されそうで 俺は思わず悲鳴を上げた。
死ぬかと思った。
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