第124話 打診と打算と姫の災難5 ~side S~

「桜姫は兼継殿と一緒に帰ったら安全」って事で、私たちは夕餉とおやつを食べながら兄上たちの飲み会が終わるのを待っていた。


 今日用意したおやつは城下で買った饅頭だ。こしあんが入っていて「僕を食べて」と言いだしそうな顔が描かれている。こういうのを見ると「ああ、ここは現世の戦国時代じゃないんだな」って実感するな。


「あんぱんみたいな饅頭だな」

 容赦なく頭をがぶりと齧りながら、桜井くんが感心している。

「あんぱんが日本で出来るのは、確か明治時代だったはずだよ。でもパン自体は信長の頃に伝来していたみたい」


 カステラが献上されているんだから、パンだって伝来するよね。

 まぁそれはどうでもいいとして。


 私は可愛い顔をした饅頭をひとつ、手に取った。

 だいたいメインヒーローを女にするなんて誰得なの? ゲーム会社は何を考えているんだ。こっちはどんなに悩んだと思ってるのさ! 


 私は八つ当たり気味に、あんぱんを装った饅頭にかぶりついた。

 


 ***************                ***************


 饅頭を食べ終わって お茶のおかわりを入れる頃、飲み会が終わったらしい兄上が部屋に顔を出した。何だかちょっと困り顔だ。


「あのさ、兼継が酔い潰れちゃって。寝所を用意させるからその間、兼継に付いててやってくれない?」

「へえ、兼継殿が潰れるなんて珍しいですね。わかりました。美成殿もお泊まりですか?」

「いや、美成は帰ったよ。明日早いそうだ」


 観楓会、近いもんね。私は わかりました と返事をして立ち上がった。


「雪村」

 袖を引っぱられた感触でふと見下ろすと、桜姫がきらきらしたイイ笑顔で私を見上げている。


「どうかなさいましたか、姫?」

「酔い潰れている兼継殿なんて、わたくし見たことが無いわ。わたくしがお世話したいです」


 潰れている兼継殿なんてそうそう見る機会が無いからね。弱みを握りたいんだろう。

 私は苦笑して桜姫の手を引いて立ち上がらせた。


「そうですか。それでは姫にお願いします」

「いえいえ! 姫の手を煩わせるほどではないよ。女性にとってはもう遅い時間だし。ね?」


 どうした訳か、間髪入れずに兄上が止めに入ってくる。

 兄上がこういう事に口を出すのは珍しいな。私と桜姫は顔を見合わせた。


 にっこりやんわり拒絶する兄上に、桜姫が可愛らしく首を傾げてにっこりやんわり反撃する。


「でも今は、雪村も女性よ?」

「……」


 言い負けた兄上の隙をついて、桜姫は部屋を飛び出していった。



 ***************                ***************


「姫はたぶん医者の真似事がしたいのでしょう。兼継殿ですし、大丈夫ですよ」


 先刻まで一緒に見ていた、生薬の書籍を見せながら苦笑して慰めると、兄上は私を見て少しだけ表情を改めた。


「雪村は、いいの?」

「何がですか?」

「酔った兼継と桜姫をふたりきりにして、全然気にならない?」

「? 兼継殿ですから」


 だって潰れて寝てるんじゃないの? それにここ、乙女ゲームの世界だよ?

 いくら酔っていたって、イケメンが主人公姫の前でゲロゲロ吐く訳ない。


 何を言っているのか解らなくて兄上を見返すと、兄上は軽く咳払いをした。何だかあっちはあっちでどう話そうか迷っているみたいな口振りだ。


「兼継はなかなか本心を言わないところがあるでしょ? 酔っていたら多少は箍も外れているし、ええと、こう……気持ちを確かめておくのも大事かもしれないよ?」

「私は別に」いいです。

 そう言いかけた私の台詞に被せ気味に、兄上が言葉を乗せてくる。


「そう。じゃあ僕からのお願い。少し兼継と話してやって。あの夜、何があったのかは知らないけれど、兼継は本当に真剣に雪村の事を考えてくれているよ。その気持ちに応えてやって」

「待ってください兄上。気持ちに応えろと言われても、私には何が何やら」

「だからさ」


 普段から穏やかなせいか、あまり追い詰められてる印象が無い兄上が、頭を抱えて呻いた。


「何だか兼継、やたらと責任を感じてて。雪村が元に戻らなかったら直枝家に迎えるって言い出したんだよ」



 ……どゆこと?


「私は兄上をお支えしたいと思ってますから、今となっては上森に仕官するつもりも、兼継殿の家臣になるつもりもありませんが……」

「現実逃避したい気持ちは解るけど、ちょっと戻って。そもそもあの夜って何があったのさ。責任とらなきゃならないような事なんてあったの?」


 まさかと思ったけど、やっぱり『迎える』ってそういう意味!?


「ありませんよ! ただ兼継殿に「元に戻してくれ」と無茶なお願いをしただけです。そもそも兄上、なぜ私は男だから対象外だと言わなかったんですか!?」

「そういえば何でだっけ!?」


 兄上も相当混乱している。

 どうしよう……いつになく疲れているとは思ってたけど

 兼 継 殿 が 壊 れ た。


『雪村が別人』って気づかれてるかもとか、そんなレベルの話じゃない。



 いやちょっと待って、そんなに難易度高いの? この身体を元に戻すのって??

 ゲームではどうなってたの?

 そうだ、ゲームだよ! これ、ゲームのイベントなんだから、桜井くんに聞いたら治し方が分かるんじゃない!? なんで私、さっき聞かなかったんだろう。


「兄上」

 桜姫を追いましょう、と言いかけた途端、遠くから桜姫の悲鳴が聞こえてきた。


「…………」


 お互いに顔を見合わせた後。

 私と兄上は同時に、兄上の部屋に向かって駆け出した。




 兄上の部屋に駆け込んだ私たちが見たのは。

 姫の頭を鷲掴んでぎりぎりと締め上げる兼継殿と、半分宙づりになった状態で絶叫する桜姫だった。


 何があった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る