第107話 対峙と来訪1 ~side K~

「『雪村』を戻したいなら『雪』と契れ。彼女はそれこそ誰よりも雪村を戻したがっている。あんたとそうする事で『雪村』が戻ると知れば、雪はそうするだろう。……鍵はお前だ、お前が決めろ」


 桜姫、いや 桜姫に憑依した男『桜井』からそう告げられた兼継は、可憐な姿に似合わぬ乱暴な喋り方をする姫を、黙然と見返した。


 漠然とは感じていたが、やはり今の雪村は別人だった。

 そしてそれが『女性』だというなら、娘の所作が身についていて当然だ。

 兼継は、様子を探るかのように口を閉ざした桜井を見返しつつ、頭を抱えたい気分になった。


 やはり雪村が居なくなったのは、私が「雪村が女子であれば」と願ったせいだ。

 そのせいで、雪村の消失など願っていなかった彼の娘をあれほどに怯えさせ、挙句に定められた『未来』まで捻じ曲げた。


 すべては私が 彼女に恋をしたせいで。


 判断を委ねた桜井もそうだろうが、どうすべきか判断がつかないのは兼継も同じだった。



 ***************                ***************


 本来あるべき『未来』に戻す。そうすれば雪村は男に戻り、現在の非日常は日常へと戻るだろう。

 だがそうなれば『彼女』はどうなる? 今まで雪村の中で共に存在していたという彼女は、これからもそのように生きていくのだろうか。


 私はあの淡雪のような娘の残像を、この先ずっと雪村の中に探し続けなければならないのか。


 それは耐え難い苦行のように兼継には思えた。

 こんな事ならいっそ一夜の夢として終わらせてしまった方が楽だったが、今更それを言っても遅すぎる。


 娘……桜井が言うところの『雪』を手放したくないなら『雪村を元に戻さない』という選択肢しかない。

 だがそれは正しいのか? 「元に戻す」という雪との約束を違える事になっても?

 そして『雪を手放さない』という選択は、どんなに『雪』を手に入れたいと願っても それが叶わないという事だ。


 どうしたら良いのかが 解らない。




 桜井の話が続いている。

 沈思していた兼継は、申し訳程度に頭を下げた桜姫の姿に ふと意識を戻した。


「……雪はこの事を知らない。雪村を男に戻せるなら拒絶はしないだろうが、心の準備はさせてやって欲しい。雪には俺から話すから『雪村』に戻す時は 先に俺に言ってくれ」


『同じ世界から来た』と知れただけで保護者面をする桜井に、兼継の怒りは簡単に沸点を超えた。

 何故この男が仕切っている。元に戻すなどと簡単に言うな。

 何より何故、お前に許可を得ねばならない!?


 歯止めが効かずに怒鳴り散らす兼継の声が辺りに響き渡り、越後武士たちの視線がいっせいに御書院の襖に集まった。


 兼継が大声を出すなど、それだけ稀有な出来事だった。



 ***************                ***************


 秋の気配が深まる三国峠を越えて街道を進むと、やがて小高い城下町が見えてきた。眼下にはなだらかにうねる利根川と、丘の上に沼田城も見える。


 まっすぐ城には向かわず、西へ延びる街道へと兼継は馬首を巡らせた。



 案の定、そこにはそわそわと西からの通行人を気にする雪村が居て、背後から来た兼継に目を丸くする。


「てっきり兄上のところから来ると思ったのです」


 そう言って笑う雪村は、五年前の姿に戻っただけのように見えた。

 城までの道中、畑仕事中の領民が気安く声をかけてくるところも、子供の頃の雪村に良く似ている。


「おや小介、今日は誰のお供だい?」

「この方は私の師のような方です。城主様のご友人ですよ」


 雪村にとって兼継は「師」であるらしい。確かに世話役はそれに近いのだろうがもっとこう……。いや、言っても方無かたないか。

 兼継はにこにこと笑っている雪村に顔を寄せて、全く別な事をこそりと耳打ちした。


「小介とは誰だ?」

「私のことです。この姿で城代を名乗っては見くびられてしまいますから、男の頃の私に背格好が似通った家臣を『城代の影武者』にしているのです。小介はその家臣の名前です」

 悪戯の告白でもするような顔で、雪村も兼継に顔を寄せて囁く。


「そうか、楽しそうだな」

 遠く馬上から、こちらの様子を窺がっていた大柄な男が、逃げるように走り去るのを目の端で確認し、兼継は雪村から身を離した。


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