第101話 領地運営模索中3

 山はそろそろ秋の気配がして、ちらほらと木々が赤や黄色に色づき始めている。

 途中、山道から逸れて頂の方へと向かうと、深い森の清涼な滝のそばに小さな祠が見えた。


 今年に入ってから作り直した祠はまだ真新しい。祠自体から炎のような霊気が感じられて、まるでそこにもほむらが佇んでいるみたいだ。


 近づいてそっと扉を開けると、中にはピンポン玉くらいの赤虎目石が鎮座している。

 ほむらのご神体だ。

 じっと見つめている私に、ほむらが身を摺り寄せてきた。


 首元をくすぐるように撫でてから、私は懐から手拭いを取り出して、祠の掃除を始めた。



 ***************                ***************


「ごめんね、おまたせ」

 真剣に掃除していたら、結構時間がかかっちゃった。私は得体のしれないキノコを無心に取っている桜井くんに声をかけた。


「いやあ、この前夏桜を見たと思ったらもう秋になるんだなー」


 そう言って汚れた手を払いながら立ち上がった桜井くんは、ふと思いついた顔になり「ついでにほむらが熱溜まりを見つけられるか、試しながら戻ろうぜ」と、私も言いたかった事を先取りする。


 あーあ。ホントに桜井くん、ずっと沼田に居座ってくれたらいいのに。というか、桜井くんが雪村に転生してた方がずっと良かったんじゃない?

 うう、自信喪失するなあ。



 ***************                ***************


 思った通り、ほむらは地中の『熱溜まり』を察知する事が出来た。川や沼、水辺近くでそれを見つけられたら温泉が出る確率があがりそう! 

 兄上にも隠し湯の件について文を送っているから、上田に着いたら意見を聞いてみよう。


 景色のいいところで、根津子が持たせてくれたおにぎりの包みを開けながら、私はちょっとご機嫌だった。


「なあ、雪」

 そんな私をちらりと見ながら、桜井くんが横からおにぎりに手を伸ばす。

「いまさら こんな事を聞くのもアレだけどさ。雪は『カオス戦国』で推しキャラは誰なの?」


 ホントにいまさらそれ聞くんだ?

 私は笑いながら「清雅だったよ。声が好きなの」と返した。


 清雅……加賀清雅は肥後大名で、いつも美成と対立する 秀好子飼いの武断派。

『虎狩り』と『治癒』のスキル持ちで、対戦するとHPを削っても削っても『治癒』して全快するわ『虎狩り』でほむら使用不可にするわで、雪村の天敵みたいなキャラだ。

 ただ雪村で対戦して負けた時に「この程度で姫を守ると息巻いていたのか。無様だな」と、偉そうに言う声が大変なイケボで、それを聞く為だけに、何度雪村で負けてみたか知れない。


 でもこの清雅は攻略対象じゃないし、勝っても負けてもストーリーに影響はない。そして苦労して勝ったところで、仲間になる訳でも最強武器が手に入る訳でもない。

 よく考えたら18禁乙女ゲームなのに、何でこんな戦闘パートに、やたらと力を入れてるんだろう。


「桜井くんは誰推しなの?」

 男の人に聞くのもどうか、って質問をし返したら、それには答えず「清雅、この前出たNEOでは攻略対象になってたよ」と、私にとっては衝撃的な事を言いだした。


「ホントに? うわー私、死ぬタイミング悪すぎだよ。あのイケボでの口説き文句は聞いてみたかったなー」

 ちょっと大袈裟に悔しがってみたけど、今となってはあまりそうは思っていない。


 だって私は「雪村」だから。


 それこそ清雅と対戦する事になったら「無様だな」って嗤われるのを回避する為に、全力を尽くさなくちゃならない立場になった訳で。

 いくらイケボでも、いやイケボだからこそ直接罵倒されたくないよ。


 おまけに今はこの身体だよ? 男でってもカツカツだったんだから、勝てる気なんて全然しない。

 むしろ清雅にはもう 会いたくないよ。


 ふと気が付くと、桜井くんが微妙な顔で私を見ていた。

 はしゃぎ過ぎて引かれたかな?  私は慌てて口を噤み、おにぎりに口をつける。


「そっかー。俺、てっきり、推しは兼継だと思ってたよ。だって仲いいじゃん」

 やがておにぎりを食べ終わった桜井くんは、空を見上げて呟いた。


 桜井くんが黄昏ている……。こ、これは。


 兼継殿と雪村の仲がいいから、桜井くんは兼継恋愛イベントを進めるのを躊躇っている!?


「雪村は男だよ? 今は女になっているけどいずれ元に戻るだろうし、全然まったく気にしなくていいよ!」

「いや、雪村は男だけど雪は女の人だろ。やっぱ推しっつーか、好きな奴とか」

「雪村が男な以上、私もここでは男だよ。推しは清雅だったけどそれはそれだよ!」


 勢い込んで説得する私に「お、おう……」と若干引きながらも、やっぱり微妙な表情は変わらない。


 私は桜姫と兼継殿にイベント進めて欲しいのに、兼継殿は雪村が桜姫を好きだからって遠慮してて、桜井くんは兼継殿と雪村の仲がいいから躊躇ってるって……何だこれ?


「じゃあ一応確認なんだけどさ。さっき”推しは清雅だった”って過去形だったけど、今は誰よ?」


 桜井くんが、場の空気を変えるみたいに軽く笑って私を見返した。

 笑ってるけど、目はあまり笑ってない。


 今の推し……


 頭の片隅に兼継殿がぎって、私は慌ててそれを打ち消した。

 だって兼継殿は桜姫の攻略対象だし、変なことを言って桜井くんが攻略を躊躇ったら困る。


「今も清雅だよ」

 桜井くんを見返して、私も笑う。


 桜姫には兼継ルートに行って貰わないと困る。他のルートだと雪村が死ぬ。


 ああでも「今は信倖だ」って言えば良かったなって、後になって私はちょっとだけ後悔した。

 桜姫は、兄上の恋愛フラグならもう折れてるから関係ないし、清雅だって言うよりは兄として慕っている分、もっと上手に嘘がつけた。



 ***************                ***************


 上田を経由して越後に入り、奥御殿に姫を届けてから、私はすぐに帰路についた。


「影勝様がお戻りになるのを待てば良いのに」


 そう老女には引き留められたけど、今はいろいろと気忙しい。

 帰りにもう一度上田に寄って、武隈の隠し湯を発掘した温泉名人を紹介して貰う予定だし、ついでに帰り道の街道沿いに、熱溜まりが無いか探しながら戻るつもり。


「先ほど御殿に寄りまして、取次の方に影勝様への伝言をお願いしました。兼継殿には姫の方からご挨拶して下さるそうですので」


 そう言った途端に侍女衆がざわりと騒めく。


「姫様が?」

「どんな心境の変化でしょう?」


 あちこちからそんな囁きが聞こえてきて、桜姫と兼継殿があまり上手くいってなさそうって感じてたのは私だけじゃないんだなぁって気持ちだ。

 それはともかく。浅間山であんな話をしたせいか、兼継殿にどんな顔をしたらいいかわかんないからちょうど良かった。


「では姫、またひと月後に!」


 虎上から手を振って、私は振り返らずに山道を下った。

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