第69話 恢復 2

 少し休んでから、私は越後北側にある野山に来た。


 ここはもともと越後の神龍の一柱「北龍」が守護していた区域なんだけど、この龍は今、奥州の舘正宗に奪われている。

 だからここ「冬之区域」は守護神龍が不在のままだから人があまり来ない。内緒で特訓するにはもってこいの場所なのです。


 鍛錬場や奥御殿の庭でまたうっかり倒れたら、兼継殿に速攻でバレそうだしね。

 ここなら倒れても、しばらく休めば気が付くから大丈夫。


 さっきはエイリアンなんてグロいもんを想像したのが悪かった。

 もっとこう、穏やかな……何だろう……

 兼続殿は「霊力を練ることで対流に動きが生まれる」って言っていた。

 対流か。

 じゃあお腹の中でじっくりことこと味噌汁を煮立たせるイメージで……

 ……やがて私のイメージ味噌汁の具たちが汁の中で激しく弄ばれ、ぼこぼこした泡とともに上に下にと暴れ出す。

 こ、これだ。

 そして煮立った味噌汁の湯気を掌から出すイメージを……!


 そこまで考えたところで、私の意識は暗転した。



 ***************                ***************


 名前を呼ぶ声とぴたぴたと頬を叩く感触で、私は目を開けた。もう陽が傾く時間なのか空が橙色だ。

 ぼんやり視線を動かすと、私を見下ろす兼継殿と目が合った。

 どうしてここが分かったんだろう。


「こんな所でひとりで倒れるのはやめてくれ。生きた心地がしない」


 そう言って私を抱え起こした兼継殿が、心底呆れてるみたいな溜め息をつく。

 そして背中を支えてくれている体勢のまま「私に抱きつける程度には力が入るか?」って聞くから、兼継殿の首に手をまわして抱きついたら「馬に乗って帰るからちゃんと掴まってろよ」って意味だった。

 そういうのはハッキリ言ってよ、紛らわしいなあ!



***************                *************** 


「どうして私があそこに居るって分かったんですか?」


 帰り道の道すがら。

 私は馬上で兼継殿の背中にぎゅうと抱きついて、照れ隠しに聞いてみた。

 頭を撫でられる事はあったけど、自分からこんなにくっついた事なんてないから、これはこれで恥ずかしいんだよ。抱きついてなきゃ馬から落ちるんだけど。

 ……ちょっとだけ間があって、兼継殿の背中越しに 淡々とした声が聞こえる。


「霊力を追った。朝に修練場でお前の額に手を当てていたのは覚えているか? その時に少し私の霊力を入れたのだが……」


 へえ、兼継殿、そんな事も出来るんだ? でもそれって何だか……


「花押みたいですね」


 花押は恋人関係になった桜姫に、攻略対象が自分の花押を刻印して所有の証にするイベントなんだけど、花押を刻む時ってその武将の霊力を使うんだよね。

 それで桜姫には攻略対象の霊力が入るから、お互いの無事とかどこに居るかとか、霊力を辿ると確認できるって設定になっている。

 そういう設定だから雪村エンドでは、桜姫の中にあった雪村の霊力が消えて「死んだんだ」って悟るシーンがあるし、攫われた桜姫を花押の霊力を辿って見つけるってイベントもある。


 そんな感じで、ゲームタイトルになるくらいの重要イベントなんだけど、愛染明王ともなると 似たような事がそんなに気軽にできるのか。

 心配ばっかりかけているせいで、何だか申し訳ないな……


 兼継殿の体温がぽかぽかして 何だかまた眠くなる。けど寝たら馬から落ちる。


「……嫌だったか?」


 しばらくたってから、兼続殿の小さな声が聞こえてきた。

 眠たいせいか、うっかりしてたら聞き落としそうなくらいの ちいさい声。

 私は背中越しにぐりぐりと頭を振った。

「私は安心できます」


 嫌だとしたら兼継殿の方だと思う。保護者でもないのに心配かけまくりだ。

 それに倒れてもすぐ分かるって事は、遠くにすむおばあちゃんに「安心してお過ごし下さい」的なホームセキュリティって感じだよね。

 今は雪村が居ないからいっそう……


 そこまで考えて、私はぎょっとした。

 兼継殿がここまでしてくれているのは「雪村だから」なのに、私は「雪村」じゃない。

 雪村の身体をこんなにしちゃった挙句に「雪村」が居なくなった。

 その原因が「私」だって知ったら、兼継殿はどう思うだろう。


 どうしよう。私、この人を相手に「雪村」のふりをして騙し続けるなんて出来る?

 バレる前に何としても男に戻らなきゃ。

 男に戻ればきっと雪村も戻ってくる。本来の自分の身体に戻れば、きっと。


 でもどうしたらいいんだろう。方法がわからない。

 兼継殿の背中におでこをつけたまま、抱きつく手に力を込める。


 バレるのが怖くても、申し訳ないと思っていても。

 私は今、この手を離す事ができない。


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