第68話 恢復 1

 大阪から戻ってひと月過ぎた頃、私は越後へ向かった。

「女性を極める」って事がよく解らないままひと月過ぎたけど、やっぱり男に戻る気配は無い。

 そして雪村が戻ってくる気配も無い。


 雪村が居ない事に慣れるなんて出来そうにないけど、それでも日々は過ぎていくから、私は何とかしなきゃいけない。

 この身体でも、ひとりでも戦っていけるようにならなくちゃ。

 雪村が戻ってきた時に 身体は墓の中でした、なんて事になったら目も当てられない。



 ***************                ***************


 久し振りに私と会った桜姫は、美少女台無しな驚愕顔で私を見つめて絶叫した。


「雪村!? 何で? どうして!?」

「本当にどうしてなんでしょうねぇ」


 たぶんひと月前の私も、兼継殿の前で同じように取り乱していたんだろう。

 それを思うと桜姫を笑えない。でも美少女の変顔って 予想以上の破壊力だな。


「このような身体になりましたが、これまで通り姫をお守りさせて下さい。ただ、今の私では力不足です。今しばらくは私も越後で修業させていただく予定ですので、どうかお待ち下さい」


 そう言って頭を下げ、次いで桜姫の側に控えていた老女に向き直った。

「越後滞在中は奥御殿の一部屋をお貸しいただけるとの事、本当に有難うございます。……兼継殿には断られてしまったので困っておりました」


 前回と同じく、兼継殿のお邸に泊めてもらうつもりだったけど、頼んだら断られてしまったのです。

 どうしようかと困っていたら老女が「奥御殿に部屋を用意している」って言ってくれたんだけど、奥御殿は女性ばかりだからね。男の私が泊まる訳には……って断ったら「ここは影勝様のお邸ですよ」って返された。


 言われてみればそうだった。桜姫と侍女衆しか居ないような気がしてたけど。


 いろいろとお手間をかけて申し訳ありませんでした、そんな気持ちで深々と頭を下げると、老女がちょっと呆れたような顔で口を押える。


「兼継様のお邸に泊まるつもりだった事に驚きですよ。あなた、少しは自覚を持ちなさい?」

「はあ」

「はあ、ではありません。兼継様からも少し自覚を持たせるようにと仰せつかっています。これからびしびし行きますよ?」


 前に兼継殿にも何かいろいろ言われたけど、いずれ男に戻るつもりなのに「女の自覚」ってそんなに必要なのかな。それに今回は武芸の修行に来たんだけどな……

 しかし老女の顔は反論など許す気配は微塵もない。私は大人しく こくりと頷いた。



***************                *************** 


 夜が近づき、部屋の外が騒めき出したので、私は少し時間を置いてから奥御殿の最奥の部屋へ向かった。

 たぶんこの騒めきっぷりは影勝様のお帰りだ。

 今回の滞在はプライベート色が強いから、何となく御殿まで押しかけて挨拶っていうのは遠慮しちゃってて、帰宅したら挨拶しようと待っていたんだよね。


「影勝様、雪村です」

 障子の外から声をかけると、低い落ち着いた声が返る。

 いつも通りの影勝様に挨拶とお礼を伝えた後、私は越後に来てからずっと感じていた疑問を影勝様に尋ねてみることにした。


「私がこのような姿になったのに、越後の方々はあまり驚いているように見えません。何故なのでしょうか?」


 影勝様は一見、無口で無愛想だから怒っているみたいに見られやすい。

 それでみんな萎縮して話しかけないって悪循環に嵌まりがちだけど、普通に話しかければ普通に返事が返ってくる。


「兼継の根回しもあろうが、何より五年前そのままの姿だからな。見覚えがあるせいだろう。……その病は治るのか?」

「私にもよく解らないのです」


 兼継殿はこれを「病」って事にしているらしい。うん、まあそうした方が説明が楽そうだよね。

「兼継殿は陰陽道と何か関係があるのでは、とは仰いましたが、治し方までは……。生きているとこのような事もあるのですね」

 あははと笑う私をじっとみていた影勝様が、ぼそりと呟く。


「……なるべくしてなったのかも知れんな」


 どういう意味か聞き返す前に話を変えられ「次から部屋に来る時は誰かと一緒に来い。桜姫でも侍女でも構わん」と言われてしまった。

 ……私と二人で居るのは気詰りでしたか影勝様? おお……軽くショックだ。



***************                *************** 


 翌朝の早朝、私は久し振りに鍛錬場に来ていた。

 目の前には兼継殿が腕を組んで立っていて、佇まいがもうスパルタコーチのそれだ。


「朝早くから申し訳ありません。よろしくお願い致します」


 ぺこりと頭を下げてそう言うと、兼継殿も「早朝にしか時間が取れなかったのはこちらの都合だ。こちらこそすまない」と頭を下げる。

 そもそも私がこんな身体にならなければ良かったんだから、兼継殿が謝る必要なんて無いのに。

 しかしいつまでも謝り合戦をしていても仕方がないので、私たちは鍛錬に移ることにした。


「丹田に霊力を集める事は出来るな?」

 昔、兼継殿に教えて貰ったやり方なら、この身体でも出来ている。

 こくりと頷くと「では丹田に集めた霊力を練ってみろ。圧縮した霊力を練ることで対流に動きが生まれる。それを掌底から放出し、武器に纏わせる。刀なら刀、槍なら槍の表面を覆う程度だ。くれぐれもやり過ぎるな」


 いきなり難しいこと言われた。

 そもそもそう簡単に「霊気を練る」なんて言われたってどうしていいやら。掌底から霊気を出すって事は、前に剣神公が言っていた「毘沙門天のやり方」みたいな感じなのかな。

 雪村は「霊力を丹田に集めろ」って言われた時、どうしてたっけ?

 確か深呼吸を繰り返して、霊力を丹田に集めるイメージトレーニングをして習得していた。


 イメージトレーニングか……。

 じゃあ丹田で霊力を「練る」ってどんなイメトレを……? こう、お腹の中にエイリアンが入って動いてる的なイメージを……おえ。


 自分の想像で具合が悪くなって、気が付いたら兼継殿に支えられていた。

 冷や汗をかいて身体が冷えたせいか、額に置かれた掌の温かさが心地いい。

 ぼんやりと見上げたら 兼継殿の顔が真っ青で、私は慌てて身を起こした。


「だ、いじょうぶです。ただの立ち眩みです」


 そう言って笑ってみたけど、兼継殿は真っ青な顔のまま「やはり無理だ。止めよう」と切り上げようとする。


「戦には出るな。今のお前がそのような危険な事をする必要はない。お前から言いづらいのであれば私から信倖に話す」


 不味い。

 昔は「いきなり出来るようにはならない。今日はもう止めよう」だったけど、何かこれはもう教えてくれなくなりそうな感じでは……?


 それは困る! 戦えない身体で沼田の統治なんて怖くて出来ない。

 東条が攻めてくるかも知れないんだから。


 でもこの状態でごねても兼継殿が折れるとは思えない。


 とりあえず私は大人しく撤退する事にした。

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