第57話 運命の岐路 2

 おのぼりさんが都会に来たら人酔いをして、ついでに暑気あたりもして。

 そんな状態で、大はしゃぎで大名屋敷見学していたら 倒れました。



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 気絶したみたいに眠ってしまい、起きた時には暗くなっていた。

 慌てて起き上がって 辺りを見回す。池に居たあたりから記憶があやふやだけど、ここは上森邸の客間みたいだ。


 ――子供の頃ならいざ知らず、私はこんな事で倒れませんよ――


 私の中で雪村が 呆れている気配がする。

 うん、私もちょっとはしゃぎ過ぎたかなと思ってる。これからは気を付けるよ。


 内心で自問自答をしていたら、襖の向こうから小さく名前を呼ぶ声が聞こえて、美成殿が顔を出した。

 兄上のところに行った後、私がここに来ていると聞いてついでに立ち寄ったらしい。


「登城は明日だが大丈夫か?」と言いながら布団のそばに腰を下ろす 白皙の怜悧な顔は、暑気あたりなんて無縁な感じで 汗ひとつかいてない。


「人酔いに暑気あたりで倒れたって? 田舎者まるだしじゃないですか」


 美成殿が意地悪な顔でくつくつと笑うので、私も「戦では人酔いした事はないんですけどね」と真面目な顔でボケ返す。

 即座に「馬鹿なのお前? そもそも戦で呑気に人酔いなんてしていたら死ぬだろ」と楽し気に突っ込んできた。


 美成殿は、人を蔑むようなツッコミが大好きだ。イケメンでなければ許されない所業だと思う。

 ゲームでの攻略時だと、こんな風に言い返さないでべこんべこんにヘコんでいた方が、美成殿のドSゴコロに火がついて好感度が上がり易い。

 それは解っているんだけれど、雪村で美成殿の好感度を上げる必要もないから普通に流している。

 意地悪されて楽しめる性質じゃないからなぁ、私。

 

 美成がいじわるするのは、桜姫と清雅だけでいいよ。



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 美成殿が帰った後で 私も帰ろうと思ったけれど、熱が下がりきっていないから「今日はこのまま泊まれ」と言われてしまった。

 その旨を連絡した際、兄上からは「馬鹿」と返事が返ってきている。


 一日のうちにふたりから「馬鹿」呼ばわりされた私の中の雪村が、本当に居た堪れなさそうで、私は改めて雪村に申し訳なく思った。

 確かにいい歳した男が倒れるなんて、少し恥ずかしい……けど、いくら暑さに弱くても、今まで人酔いや暑気あたりなんてした事はないのになー。

 何で今日に限って、こんなに調子を崩したんだろう。



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 本調子じゃないのは解っていたけれど、思っていたより具合が悪かったみたいで。

 ちゃんと梅湯を飲んで 塩分と水分の補給はしたのに、また熱を出してしまった。

 何だかこれ、熱中症っぽくない、気がする。


 付いていてくれた侍女もおかしいと思ったのか、薬湯を用意してくれたけど、熱が下がる気配は今のところはない。

 人の家で体調を崩すなんて本当に迷惑だなぁ。後で兼継殿に謝らなきゃ。

 そう思いながら、いつの間にか私はまた眠りに落ちていた。



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 白々とした月の明かりが、薄明るく部屋を照らしている。

 唐突に目が覚めた私は、ぼんやりとあたりを見回した。薬湯をくれた侍女は下がったらしく姿はない。


 何時だろう。

 よく解らないけれど、月の様子からみてまだ夜中くらいかな。

 

 ふと気が付いて自分の額に掌を当ててみると、熱はすっかり下がっていた。あんなに気分が悪かったのが嘘みたいだ。

 しばらく眠っていたせいか身体が痛くて、私は布団の中で大きく伸びをした。何だか節々が縮んだ気がする。


 縮んだ気が……え?


 慌てて起き上がり自分の身体を見下ろすと、ぶかぶかの寝間着が目に入った。

 着乱れたわけじゃない、明らかにサイズが大きい。

 長すぎる袖を捲ると、そこから伸びる華奢な腕が、月明かりにほの白く浮かび上がった。


「……!?」


 あたりを見回したけれど部屋に鏡がない。

 私は障子を開け放って庭へと飛び出し、そのまままっすぐ池へと走った。



 おそるおそる池を覗き込むと、鏡のように静まった水面には、昼みたいに明るい満月と私の姿が映っている。


 ……いや、私なのか?


「これ、どういうこと……?」


 雪村に似ているけれど、雪村じゃない。

 ぶかぶかになった寝間着に隠れた華奢な手足は、明らかに男のものじゃない。

 喉から出た声も女の子みたいに高くて、触れた首も肩も細い。

 その声のまま、私は茫然と呟いた。


「どうして私、女になっているの……?」

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