第46話 異世界・川中島合戦6
「俺、これからは筍を取り過ぎないようにするよ」
「ぼくも竹馬は大事に乗る」
そんな事を言いながら、子供たちが地面を眺めている。
乱杭の真似事で戦に興味を持ったのか、城下の子供たちに「自分たちでも作れる戦道具を教えて欲しい」と取り囲まれてしまった。
だから今は、
「本当は戦がないのが一番いい」なんて領主の弟が言ったら、みんな不安になるのかな。
私は膝を払って立ち上がり、釣られて立ち上がった子供たちの頭を順番に撫でた。
「武器や防具も大事だが、一番大事なのは戦をせずに勝つことだ。「兵は詭道なり」とも言うだろう? まずはきちんと学問に励んで、立派な大人になる事だよ」
偉そうにそう言うと、子供たちは感心して うん、と頷いてくれる。
「お前たちが兵法を学べるよう、伝手を辿ろう。すぐには無理だが待っていてくれ」
そう言うと、子供たちはわっと盛り上がった。
よし、兄上が戻ったら相談してみよう。
*************** ***************
楽しげに はしゃぎながら走っていく子供たちを見送って踵を返すと、木陰に隠れてこちらを見ている安芸さんが居て、私は慌てて駆け寄った。
「こんな所でどうしました?邸から出ないようにお願いしていたはずですが」
「ごめんなさい。あまりに楽しそうで、つい」
安芸さんがしょんぼりと項垂れる。
どこで誰が見ているか分からない。
私は周囲を見回し、人影がないのを確認してから そっと安芸さんに耳打ちした。
「邸に籠ってばかりでは気も滅入りますよね。陽が落ちてからで良ければ邸の周辺くらいはご案内します。とりあえずは戻りましょう」
「……いいの?」
驚いた顔で目を見開いた安芸さんが、ぱっと華やかに笑った。
*************** ***************
さらさらと流れる川面に夜空の星が零れ落ちる。
半分以上欠けた月明かりだけでは、少し足元が心許ない。
私は安芸さんに手を差し伸べながら声を掛けた。
「足元に気をつけて下さい。蛍の時期にはまだ早いようですね」
昼間に約束した夜の散策。
連れ出した先は邸の側を流れる川辺だけど、ずっと邸に籠りっぱなしだった安芸さんはこの程度の散策でも嬉しそうだった。
「川面に星空が映り込んで、まるで天の川ね」
安芸さんが川を眺めて楽しそうに笑う。
何だか恋愛イベントでも始まりそうな台詞だな、そう思いながら私も「そうですね」と相槌を打った。
そもそも桜姫以外の女の子とこんなイベント起こしてる時点で乙女ゲームとしてありえない。ゲーム中で本当にそんなのあったら雪村大炎上だよ。
まったりと川面を眺めている安芸さんの隣で、私はしばらく会えていない主人公の姫を思い出した。
桜姫がここに居たらどうしただろう。
川に入りたいって大騒ぎして、挙句に滑って転んで、結局 濡れた姫を抱きかかえて帰った私も濡れる羽目になるような気がする。
いや、でも雪村との恋愛イベントで、夜の川散策は無かったはずだから大丈……
「雪村、何を考えているの?」
不意に安芸さんに声をかけられて、私は苦笑気味に返事をした。
やっぱり恋愛スキルが高い女の子は鋭いなぁ。喪女だった私とはえらい違いだ。
「少し考え事をしていました。貴女にどう謝ればよいかと」
「私を覚えていなかったこと? それとも桜姫の事を考えていたこと?」
うわあ本当に鋭すぎる。私は少し考えて、結局「本当に謝りたい」方を話すことにした。
「花贈りの件を忘れていたことです。誰からいただいたのか調べもせず、お返しもしませんでした。返す返す申し訳ないことをしたと」
「返花はいただいたわ」
「え?」
そんな馬鹿な。誰から貰ったかも分からないのにどうやって返すんだ。
困惑した私に「本当に全部、何から何まで覚えていないのね」そう言って安芸さんが苦笑する。
うう、何ていうか……本当にすみません。
これ、恋愛イベントっていうより断罪イベントだな……
「私ね、人質なのに全然卑屈なところが無くて、いつも笑っている雪村が好きだったの。だからこんな風に困らせるのは本意ではないわ」
何て返していいか解らずに黙っている私に、安芸さんは殊更に軽い調子で笑いかけてきた。
そして覗き込むように私を見上げてくる。
「じゃあこれだけ思い出してくれたら許してあげる。貴方が返花にくれた花、それだけは思い出して。……この任が終わるまでに」
「恋する女の子は綺麗」ってよく聞くけど、安芸さんは雪村の事が好きなんだなぁ。
月明かりの下の安芸さんは すごく綺麗に笑っている。
早く思い出してあげて
私は私以上に困惑している 中の「雪村」にお願いした。
もうすぐ戦が始まる。
時間はあまり残されていない。
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