第37話 恋愛イベント終了と桃色同人誌 ~side S~

「姫、本は面白いですか?」


 いきなり声を掛けられて、俺はぎょっとして顔を上げた。

 三日ほどご無沙汰だった聞き慣れた声。案の定、そこには雪村が興味津々な顔をして立っている。最初は花言葉の冊子にも興味を示していなかったくらいだから、俺の心境の変化に驚いているんだろうな。

 俺は曖昧に誤魔化しながら本を文箱へと隠した。


 この本をこいつに見られる訳にはいかない。

 何故ならこれは、ここの侍女衆が創作した「雪村を主人公に据えた同人誌」だからだ。


「ナマモノの同人誌は本人に秘するが原則」そう妹が言っていた、ような気がする。



***************                *************** 


 兼継との最後の対決を見ていた訳でもあるまいが、奥御殿に戻った俺を、侍女衆はそれはそれは優しく励ましてくれた。

 俺自身はドローだと思っているが、侍女衆の中では俺の方が振られた扱いになっている気配がする。

 先日までは雪村が振られたみたいな扱いで居心地が悪そうだったが、今度は俺がそんな扱いだよこんちくしょう。


 そんな傷心の俺に差し出されたのが、さっきの桃色表紙の冊子だった。


「初心者向けの写本ですわ。少しでもお慰め出来れば良いのですけれど」

 同人誌で初心者向けって何だよ、とツッコみたい気持ちはあるけれど、とにかく今の俺は疲労困憊だ。

 礼を言って受け取り、そのまま文箱へぶち込んだ。


 本を手に取ったのは、侍女衆の「読まないの?」みたいな期待感というか圧力がガンガンに伝わってくるからだ。


 文机の上に置こうが棚に仕舞おうが、いつの間にか俺の側に鎮座している文箱。


 とうとうおやつの時間には、茶と饅頭の間にどすんと文箱が置かれていた。

 根負けだ。

 俺は饅頭を食い終わった後、文箱ごと縁側に移動して、桃色の写本を取り出した。



***************                *************** 


「姫さまに申し上げて良いのか迷いますが、雪村も人気がありましたのよ?人質の身分であの見た目ですから」

「そうそう、子供の頃はそれはもう、女子のような可愛らしさでしたからねぇ。雪村の場合はとりかえばやが多かったですけど」


 俺が越後に来たばかりの頃、侍女衆は確かそう言っていた。

 この冊子はその「とりかえばや」って事らしい。

 十歳で上森に人質に来た雪村が実は少女で……ってifの話が臨場感たっぷりに書かれていて、話としては上手いし面白いと思う。

 ただここの侍女衆、子供の雪村を見てそんな妄想を滾らせていたのかと思うと、なんとも言えない気持ちになるな。


 そんな事を考えながら読んでいる最中にいきなり本人が登場、となれば、慌てない方がおかしいだろう。

 俺は笑って誤魔化しながら、雪村の目に触れないように冊子を文箱に仕舞った。

 内容は別にエロくないのに、タイトルが「雪村艶恋なんちゃら攻め(達筆で読めない)」なんだよ。

 桃色表紙も相まって  いかがわしさが半端ない。これはタイトルで手に取らせるタイプの同人誌だ。たぶん。


 しかし こんなタイトルの本を読んでるのが本人にバレたら俺は破滅だ。

 雪村恋愛イベントのフラグも木端微塵に破壊されるだろうさ。



***************                *************** 


 三日ぶりに雪村が来たせいで、奥御殿の侍女衆は色めき立っていた。

 侍女衆の無防備なうさぎを狙う狩人のような目を見て、俺はやっと思い出す。


 雪村が「女に恋愛感情は持てない」と言っていたってのは本当なのか確認せねばと思っていたのに、同人誌を読んでる最中に踏み込まれたせいで忘れていた。

 もし本気で言っているなら「桜姫とのイベントはどうする気なのか」と問いただしたいし、間違って伝わっているなら誤解を解かねばならない。

 それでなくとも兼継邸の侍女衆との連絡が密で、ホントか嘘かわからん情報が出回ってるんだ。

 冬を待たずに同人誌の新作が出そうだぞ。

 あいつは本当に何をやっているんだろうな……また何か燃料を投下する前に止めなければ。


 少し緊張しながら居住まいを正して場の推移を見守っていると、何だか予想外の話の流れになってきた。

 雪村が来なかった日、代わりに花を届けに来た侍女は「あき」と言うらしいんだが、雪村が覚えていないような素振りを見せた途端に場がざわついたのだ。


 改めて思い出してみても、ごく普通の侍女だった気がする。特に美人って訳でもない感じの。

 兼継のプライベートな案件を頼まれるくらいだ、信任は厚いんだろうが……

「兼継の邸の侍女を知らない」ってだけにしては変な感じだった。何だろう? 後で中年侍女にでも聞くか。


 余計な考え事をしたせいでうっかり気を散らしてしまい、俺は中年侍女が例の件を雪村に聞くのを阻止し損ねてしまった。


「別に私は天然ではありません。兼継殿が私の事を子供扱いしすぎなのです」

「まあ!雪村は兼継殿に「子供扱いして欲しくはない」のですね?」

「はい」


 きゃぁあ!だが ひゃああ!みたいな末期色、いや真っ黄色な侍女衆の絶叫が響く。

 ああもうバカ野郎。そんな誘導尋問に簡単に引っかかるなよ!

 子供扱いだからこそ「とりかえばや」程度の内容で済んでたんだろうが。

 そういうところが「天然」って言われるんだぞ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る