魔王に連れ去られた姫とクソ勇者の伝説

こば天

第1話 囚われの姫

セレスティア王国。


その国は、魔王によって支配された世界にあっても揺るがぬ地位を築く人類の希望である。


他の国々は魔王が率いる魔王軍の攻撃にあい、ことごとく蹂躙されていった。


だが、セレスティア王国軍には人類最強の魔力を持つ勇者をはじめ、強力な魔法を操るアークウィザード、格闘戦のエキスパートである武闘戦士、致命傷すら瞬時に回復できる治癒魔法を扱うことのできるホーリーナイトなど、魔王軍と互角に戦えるほどの者たちがそろっていた。


今こそ魔王軍に反旗をひるがえすために人類は立ち上がった。


セレスティア王国には他の国々から集められた精鋭たちが揃い、勇者を筆頭に魔王軍に対抗ための組織が出来上がったのだ。


魔王軍討伐隊『セレスティア人類連合軍』。


今まさに、魔王軍対勇者軍の総力戦がはじまろうとしていた。


のだが、セレスティア王国の城内でゆゆしき事態が起きてしまった。


その事態とはセレスティアの国王アンドレイの娘、つまりセレスティアの姫ぎみであるユリカ姫が魔王によってさらわれてしまったのだ。


姫はとても可憐で美しく、その美貌はどんな花よりも綺麗で、透き通る声はどんな楽器よりも人々を魅力した。


誰にでも優しく、困っているものには分け隔てなく手を差しのべた。


国民全員から慕われた、心優しき美しきユリカ姫。


そのユリカ姫が、魔王によって連れ去られた。


その事態に国王のアンドレイは激しくうろたえ、魔王軍討伐どころではなくなってしまった。


娘を失った国王は精神を病んでしまい食欲を無くし、日に六回の食事は4回に減り、めかけや愛人との夜の営みも五人から三人に減るほどだった。


そんな国王を見てはおれぬと、勇者は行動を開始した。


そもそも国王とか関係なくね?戦うのは俺たちだし、と姫を奪われたのをいいことに魔王討伐と姫の救出を声高らかに宣言し、勇者は国王を無視して連合軍を勝手に率いて王国を去ってしまったのだ。


勇者たちは魔王討伐を大義名分に街や村で好き勝手に振る舞った。


魔王軍によってさんざんな目に遭った人々から金品や食料を全て奪い、あの子可愛くね?と思ったら無理やりにでも自分の物にするという、およそ勇者とは思えぬひどい悪行に手を染めていった。


そもそもこの勇者は、本当の選ばれし勇者ではなかった。


勇者とはセレスティア王国に代々伝わる聖剣、『エターナルソードラグナロク・エクスカリバーンスラッシュブレイド・ファイナルストライクシャイニングアークエターナル』というとても長ったらしい名称を持つ由緒正しき剣を、選定の大岩から引き抜いた者がその資格を得るのだ。


ある日、選定の大岩に突き刺さった1本の聖剣に手をかける者があった。


その少年は、セレスティア王国から遥か彼方にある村の住人で、魔王軍によって焼き滅ぼされた村から、たった一人で辿り着いたのだ。


全ては、魔王軍に復讐するために。


魔王の手先である悪魔たちに家族や友人を奪われた無念をはらすために。


セレスティア王国に伝わる『聖剣の伝説』は誰もが知る有名な話であった。


毎日のように選定の大岩の前には長蛇の列ができ、朝早くから整理券が配られ、1枚500円で売られていて、王国の財源の2割をしめていた。


セレスティア王国の大事なドル箱、有名な観光名所になっているのだ。


選定の大岩より聖剣を抜きし者に大いなる力をもたらす。その者は魔を払い、世界に平和をもたらすだろう。


というのが有名な童話、世界一売れた絵本『ゆうしゃのあかし』より抜粋。


話を戻そう。


少年の名はアレトレア。


魔王軍によって滅ぼされた村から長い道のりを経て、少年は営業時間が終わって誰もいなくなった選定の大岩へと、たった1人で辿り着いたのだ。


大事な豚さんの貯金箱を叩き割り、中から出てきた450円を握りしめてここまで辿り着いたのだ。


選定の大岩から聖剣を引き抜き、魔王軍を滅ぼすためにここまで来たのだが、整理券(500円)が買えなかったから夜中にこっそりとここまで辿り着いたのだ。


少年、アレトレアは大岩に突き刺さる一振りの剣に手をかけた。


「どうか、僕にちからを!僕に、魔王を打ち倒すちからを授けたまへ!」


なんだか恥ずかしい言葉を叫びながら、アレトレアはちからを振り絞り。


聖剣は、彼を選んだ。


大岩から剣を抜いたとたん、まばゆい光がアレトレアを包み込んだ。


聖剣から溢れでた莫大な魔力がアレトレアに流れ込む。


「やった、やったぞ!僕は選ばれたんだ!」


それが、アレトレア少年の最後の言葉だった。


聖剣を高く掲げて喜ぶアレトレアの背後に男が立っていた。



男は鋭いナイフをアレトレアの無防備な背中に突き刺した。


何度も抜いては刺し、抜いては刺し、アレトレアが絶命するまでしつように繰り返したのだ。



勇者に選ばれた少年は死に、聖剣は奪われ、さも自分が聖剣に選ばれたのだと男は吹聴し、王に謁見して勇者になったのだ。


この男、観光名所である選定の大岩の整理券のモギリのバイト(時給800円)をしながらこの日が来るのを虎視眈々と狙っていたのだ。


人類の未来は、その偽物の勇者に託されてしまったのだった。



「ねぇ、お腹すいたんだけど?今日はお肉が食べたいわ。あ、安物は嫌よ?A5ランクの和牛を用意しなさい。あ、ソースはおろしポン酢で!」


魔王城の玉座にふんぞり返って魔王の幹部へと命令を下すのは、魔王城の城主である魔王、ではなく。


セレスティア王国の城内から魔王によって連れ去られたはずの、ユリカ姫であった。


玉座に座るユリカ姫の隣には、顔面ぼっこぼこで片方の角は根本からへし折れ、羽はズタズタの魔王が正座させられていた。


玉座の前には魔王軍の幹部、魔王軍の精鋭たちが勢揃いし、膝をついてユリカ姫にかしずいていた。


「はいそこのあんた!ぷるぷる震えてるけどなんなの?わたしに文句でもあるのかしら?」


「いえ、文句などはありはしませぬ・・・。ただ、朝からずっとこの姿勢でいるのは、いささか辛いものがあり・・」


ユリカ姫に目ざとく見つかってしまったのは、魔王軍の幹部にして魔王軍の頭脳、魔王軍軍略担当アザゼル、魔王軍の中でもかなりの大悪魔である。


ユリカ姫は朝からずっと片ひざをつかせた平伏の姿勢を魔物たちにさせているのだ。


強靭な肉体を持つ魔物たちには耐えられても、頭脳担当であるアザゼルのか弱い肉体は悲鳴をあげていた。


「文句が無いならいいわ。みっともなく震えてないでそのままでいなさいよ。ちょっとでも姿勢を崩したらこいつみたいにしてやるからそのつもりで!」


ユリカ姫は玉座の隣で正座させられている死ぬ2歩手前の重症をおった魔王を指差し、アザゼルを睨み付け吐き捨てた。


セレスティア城から魔王城へと連れ去られた姫は、まず魔王をぼっこぼこにした。


魔王城につくやいなや、ユリカ姫は魔王の角を掴んで頭を下げさせ、その魔王の顔面に飛び膝蹴りを叩き込んだのだ。


ユリカ姫と魔王の身長差は1メートルは越えていた。


姫は手足がすらりと伸びた美しい肢体をしていたが、華奢な少女である。


反対に魔王は巨大で筋骨粒々。


だが、その体格差などユリカ姫には関係なかった。


姫からの強烈な顔面飛び膝蹴りをくらい、つかまれた角と一緒に魔王の意識は遥か彼方に吹っ飛んだ。


姫は顔から崩れ落ちた魔王の髪をつかんで持ち上げ、ちゅうちょ無く魔王城の床に叩きつけた。


何度も、何度も、である。


15度ほど床に叩きつけた後は、そのまま魔王の髪をつかんで引きずり回し、壁めがけてぶん投げた。


壁にめり込んだ魔王の後頭部に前蹴りをいれ、さらに壁へとめりこませる。


「ま、ままま魔王様ぁぁぁぁああああああ!!!!!!な、なななななな」



「貴様、なにをしている!てか、なにをしている!」


「あの壁に食い込んでるのって、魔王様なのか?」


「いや、嘘だろ?嘘だと言ってくれよ、バーn」


「と、とにかく魔王様をお助けしろぉ~!」


「いや、あれ手遅れじゃね?」


壁にめり込んだ魔王に何度も蹴りをいれてさらにさらにめりこませていると、異変に気づいた魔物たちが集まってきてしまっていた。


姫が魔王を壁や床に叩きつけるたび、魔王城内には激しい轟音が響き渡っていたのだ。


集まってきた魔物の数は100を越える。


そのなかには、魔王軍最強の武闘派である魔王軍幹部殲滅担当のモロクがいた。


モロクは巨大な人がたの牛の魔物で、その大きさは魔王よりも遥かに大きく手には姫よりも巨大な斧が握られていた。


「人間の女よ、まさか貴様が魔王様を倒したというのか?だが、魔王様と戦って弱りきったあとでこの魔王軍最強のモロク様に勝てるかな?死ねぇぇぇぇぇい!!!!」


モロクは全力で、目の前にたつ姫へと斧を振り下ろした。


その衝撃は凄まじく、風圧だけで回りの魔物たちが吹き飛んだ。


風圧によって、壁にめり込んでいた魔王も魔物たちに混ざって木の葉のようにヒラヒラと城内を舞った。


「くくくくくく、このモロクの全力の一撃を食らっては跡形もな・・・な、なぁ?」


モロクの目の前には、消し飛ばしたはずの姫の姿があった。


まったくの無傷で、姫は片手で巨大な斧を受け止めていた。


「これいいわね?わたしがもらっておくわ。今すぐこの斧を渡しなさい」


強者の言葉に、モロクは黙ってしたがった。


本能が告げている。


この生物には勝てないと。


モロクは斧を離し、膝からくずおれた。


そして、悟った。


「いい子ね。斧のお礼に、痛みなく終わらせてあげるわ」


そう言い、姫は軽々と自分よりも巨大な斧を真横に振るった。


姫の振るった斧は、前の持ち主の首を切り裂き、遠くへ撥ね飛ばした。


「次は誰?今なら一瞬で終わらせてあげるわよ?」


巨大な斧を肩にかつぎ、姫は魔物たちを見据えて微笑んだ。


この時をもって、魔王城の主が魔王からユリカ姫へと代替わりしたのだった。





「エルフにセイレーンにハーピィ、どれも最高だぜ!」


「勇者様、飽きたらあっしにも回してくださいませ!」


「そうだな。あと2、3回ヤッたらくれてやるよ!俺は勇者だからな、部下にも分け前をやらね~とな!」


勇者軍の強さはなかなかのものだった。


勇者たちは魔物の支配下に攻めこみ、ことごとくを打ち倒していった。


勇者は人間の女だけでは飽きたらず、美しいとみるや魔物にまで手を出していた。


戦闘がはじまっても、勇者は1番立派なテントの中で美女をはべらせて酒をのみ、戦いには参加しない。


ただ部下たちに指示を出すだけである。


指示と言っても偽物の勇者には戦略などあるわけもなく、ただ一言。


「あそこに攻めこめ。醜いものは殺せ、綺麗な魔物は連れてこい」


これだけである。


偽物の勇者のそばにはいつも取り巻きのごますりたちがいた。


勇者を褒め称え、賛美し、いい思いをしようとする下衆野郎たちである。


「勇者様、急報です!東の砦を攻めていたバラック様が討ち死にしました、軍は総崩れです!今すぐに救援を!」


「バラック?・・・・あぁ、あの筋肉だるまの戦士長か。かまわん、べつの戦士長を回せ」


戦場から深手をおいながらも状況を伝えに来た兵士にたいし、勇者は酒をのみながらおざなりに言葉をかけた。


「いや、しかし・・どの戦士長に言えばよいか・・」


「お前で良い、お前が今日から戦士長だ。今すぐ戦場に戻り、砦を落としてこい」


勇者の非情な言葉に、救援を伝えに来た兵士は目を疑った。


兵士は2日間休まずに馬を飛ばし、傷の痛みをごまかしながらここまで来たのだ。


「わたしでは無理です!早く救援を!このままでは戦場にいる仲間が!」


「俺に意見するきか?俺が言ったら黙ってそうすればいいんだよ。逆らうな。もういい、お前はいらん。やれ!」


「な、何を言って」


戦場から仲間のために命をかけてここまでやってきた1人の兵士は、勇者の合図ひとつで首を跳ねられた。


首を跳ねた屈強な兵士は勇者を守るための親衛隊で、もちろん勇者からの甘い蜜をたっぷりともらっている。


魔王軍討伐部隊は勇者の私物とかし、腐敗が広がっていたのだった。


こんなクズな勇者だったが、人々は勇者に従順だった。


勇者の裏の顔を知ったものは殺すか手なずけるかして飼い慣らし、手駒として操っているのだ。


まさか聖剣に選ばれた勇者が腐りきったド外道だとは誰も思いはしなかった。


偽物の勇者に闘う力などはまったくないが、セレスティア王国に集まった戦士たちはみな優秀であった。


勇者が戦の前線に立たずとも、討伐軍は充分に魔物と渡り合っていた。


「さて、今日の獲物を吟味しにいくか。」


勇者が部下に作らせた豪華な移動式のテントから出るときは戦いにでるときではなく、部下に集めさせた酒や食い物、そして金品と女を見に行く、ただそのときだけだった。


取り巻きを連れ、人々を騙し、好き放題に振る舞う偽物の勇者は、魔物よりも悪魔よりも心がどす黒く、とても醜かった。



「魔王様ぁ、大変です!・・・って、え?みんなどうし、え?なにこれ?」


「うるさいわね~、今お肉食べてんだから黙ってなさい。食事中よ」


「いや、あの、えと、すいません・・」


人間たちによる討伐軍により、魔物たちの住みかが荒らされていた。


その現状を伝えに来た魔物モモンガンは今の魔王城の現状を見て愕然とした。


なぜか魔王の玉座には見知らぬ人の娘が座り鉄板焼を食べていて、その隣には生きてるか死んでるかわからないほどにぐっちゃぐちゃにされた魔王が正座させられ、魔王軍幹部を筆頭に精鋭部隊の魔物たちが何人も片ひざをついて平伏しながらぷるぷる震えているではないか。


「あ、あのぉ~・・・魔王様?」


「ちょっとあんた、そのごみクズに話しかけるならまずわたしに話を通しなさい。」


「ご、ごみくず?!」


魔物や悪魔を統べる魔王をごみくず扱い?!とモモンガンは思ったが、なんだか怖いので用件だけを姫に伝える。


「あ、あのですね。人間たちによる討伐軍により、我らの住みかが荒らされてまして・・・」


「討伐軍?へ~~、やっと本気だしてきたんだ」


姫はA5ランクの和牛の塊を口いっぱいに頬張りながら適当に相づちを打つ。


城内での食事中には上品で完ぺきなテーブルマナーを心がけていたのだが、ここでは関係ないようだ。


「エルフの里やハーピィの巣が襲われ、何匹も人間どもに捕まってしまい・・」


「ちょっと待って。今、エルフっていった?」


「え、あ、はい・・エルフの里が人間どもに襲われて・・たくさんのエルフやハーピィたちが捕まってしまったのです。」


エルフという言葉にいように食いついてくる姫に、モモンガンはびくつきながらも言葉を返す。


「よし、ちょっと今からエルフたちを助けにいくわよ」


「え・・それはありがたいことですが、魔王様は?それよりもあなた様は・・」


「わたし?わたしは姫よ。そこにいるごみくずに拐われた囚われのお姫様よ。」


モモンガンは、ちょっとなに言ってるかわからなかった。


「え~と、そこのあんたとあんた、わたしについてきなさい」


「え、俺?」


「なんか、やだな・・・」


「死ぬか従うか3秒以内に選びなさい。」


『あなた様に従います!!!』


3秒もいらなかったようだ。


魔王の現状とモロクの惨状を知る二匹の魔物、グリフォンとガーゴイルの二匹は声をあわせて姫に忠誠を誓った。


姫はモロクから奪い取った遺品である大斧をガーゴイルに持たせ、グリフォンの背に乗ってモモンガンの案内で捕まったエルフのもとへと飛び立った。


魔王城から去るさいに、姫は魔物たち全員に向かって「わたしが戻ってきたときに少しでも動いた形跡があったら殺すから」と呪いの言葉をかけていったのだが、姫がいなくなるや否や魔物たちはズタボロの魔王へと殺到した。


「おいたわしや、魔王様!」


「わたしたちが不甲斐ないばかりに!」


「おい、衛生兵、衛生へぇぇぇい!」


「これ、もう手遅れじゃね?」



魔物たちは魔王へとありったけの魔力を注ぎ込み回復を促す。


だが、穴の空いた風船に空気が入らないように、めためたの魔王に魔力をそそいでもしぼむいっぽうだった。


「強大な力を持つ魔王様をここまで追い込むとは、あの娘は何者だ?」


「人間の姫だって・・・」


「あれが人間か?あのモロク様を一撃だぞ?」


姫の力を間近で見た魔物たちは戦々恐々としていた。魔王城での戦闘力ナンバーワンとナンバーツーを目の前で瞬殺されたのだからむりはない。


こうして、手下の魔物たちによる懸命な救護により、死ぬ2歩手前の魔王は死ぬ4歩手前まで回復したのだった。





「ところで、なんで俺たちを選んだんですかい?」


「あ、それ気になる!あと、この斧重すぎ・・」


いきなり名指しされたグリフォンとガーゴイルは姫に話しかけた。


グリフォンは姫を背にのせてエルフ奪還に向かっているのだが、黙っている姫の沈黙に耐えられなかったのだ。


「簡単なことよ。あんたはわたしを乗せて飛べる。んで、あんたはその斧を持ってもギリギリ飛んでついてこれるでしょ?」


「あ、そういうこと・・。でも、俺たちがいても人間どもの討伐隊には勝てませんぜ?」


「弱くはないが、強くもないし。斧運ぶくらいしか」


「あんたらはわたしが戦ってるすきに捕まったエルフたちを逃がしなさい。自分達を守るくらいはできるわよね?できないとは言わないわよね?」


モモンガンによる案内によって、エルフたちが捕まっている討伐軍の集落へとたどり着いた姫たちは、集落が見渡せる崖の上から偵察を始めた。


「あの1番大きな建物に集められてるみたいです」


「じゃぁ、わたしが行くから、あんたらはエルフたちを逃がすのよ?捕まってる者たちは全員無傷で逃がしなさい。傷つけたり、全員助けられなかったら・・わかってるわよね?」


「あんた、人間なのになんで俺ら魔族を助けるんだい?しかも、たった1人で突っ込むなんて・・」


モモンガンによってエルフが捕らえられている場所を確認できた姫が単機で乗り込もうとするのを見て、グリフォンは慌てる。

集落の中には武装した戦士、集落の回りにはたくさんの弓兵と魔術師たちがいた。


人間である姫に、魔族を助ける義理はないはずだ。


「わたし、人間って大嫌いなのよ。捕まったエルフたちが人質にされないようにしなさいよね」


「あ、あの・・・これを・・」


「ありがと。じゃぁ、行くわよ!」


ガーゴイルから斧を受け取った姫は崖から躊躇なく飛び降り、危なげなく華麗な着地を決めるとすごい勢いで集落へと突き進んでいった。


「すげぇ・・惚れそう」


「ガーゴイル、バカなこといってないで俺たちも早く行くぞ!エルフたちを助けられなかったら、俺達もモロク様みたく首をはねられるぞ!」


「あ、じゃぁ、いってらっしゃい!」


「バッカ!お前もくるんだよ!」


頬を赤らめるガーゴイルをくちばしでつついて先を促し、逃げようとするモモンガンを足のカギヅメで捕らえてグリフォンは飛び立った。


近隣から奪った金品や食料、捕まえた魔物や奴隷として捕まえた人間を隠すための場所として偽物勇者が選んだこの集落は最低の場所だった。


勇者の裏の顔を知っていて、勇者がそいつらを飼い慣らすための『甘い蜜』。


奴隷や魔物をオモチャにし、欲の限りを尽くすための場所が、この集落だ。


「あ~ぁ。俺もはやく出世していい思いをしたいぜ」


「なんでも、勇者様に気に入られたらエルフだろうが人間の女だろうが好きにできるんだろ?」


「最高だな!魔王討伐なんて正義感の強いバカにやらせりゃいんだよ!俺たちはここに見張りとして突っ立って、たまにおこぼれがもらえりゃそれでいい!」


「おい、なんか来るぞ?」


「敵か?魔物じゃないみたいだが」


「ありゃ、人間の・・女?」


見張りの兵士たちが目を丸くして呆けていた。


その兵士たちにむけ、姫はモロクの大斧を振り抜いた。


一振りで四人。


一瞬で四人の命を奪い去り、斧を持った死神は集落へと突っ走る。


「敵襲だぁ~!」


「矢を放て!魔法をありったけ打ち込め!敵は1人だ!」


疾駆する姫に向け、弓兵からの矢の雨、魔術師による魔弾の槍が降り注ぐ。


しかし、雨が降ろうが槍が降ろうが、それらはことごとく姫の柔肌には届かない。


「魔術障壁だと?!」


「あの紋様、セレスティアの高等魔術だぞ!」


「バカな!いくら高等魔術といえど、これだけの矢と魔弾を受けて障壁が消えないなどありえん!」


姫に向けて攻撃を放つ弓兵、魔術師たちはあわてふためいた。


魔術障壁は魔術としては初歩の初歩。


弓矢や魔術攻撃を防ぐくらいなら容易いが、これだけの量の攻撃をまともに浴びても消えない魔術障壁などありえない。


「へ、飛び道具なんか屁と変わらないぜ!」


「俺たちにまかせな!」


「よく見りゃ来るのは女じゃねぇか!捕まえてみんなで楽しもうぜ!」



弓と魔術が効かないとわかるや、今度は頑丈な鎧に身を包んだ戦士たちが武器を片手に姫を包囲する。


武器も鎧も近隣の町や村から奪った物で、かなりの上物だった。


だが、姫にかかれば革の鎧だろうが鉄の鎧だろうが、所詮は『紙』と変わらない。


姫の一振りは、人間など容易く切り伏せる。


「あんたらが誰かはどうでもいいわ。でも、どうせあんたらも腐った下衆野郎なんでしょ?わたし、嫌いなのよね。そういうの。」


なんの感情も沸くことがなく、姫はひたすらに斧を振り回し、集落へと突っ走る。


「なんか騒がしいな?」


「ったく、これからがいいとこなのによ」


集落の奥にある屋敷の中では、勇者から与えられた『貢ぎ物』で溢れていた。


下衆野郎たちのお楽しみは今まさにはじまろうとしていた。


鎖で縛られた、美しいエルフや人間の女たち。


勇者から特別扱いを受けたくそ野郎の快楽を満たす最低な場所だった。


その場所に、グリフォンとガーゴイルは上空から最高速度で突っ込んだ。


ドガッッッッッッッッッ!!!


という轟音と共に屋敷の中に突入したグリフォンは、巨大な二枚の羽をはばたかせ、屋敷中に強風を吹き荒らした。


中にいたやつらは何が起きたかわからずに慌て、無防備になった者をガーゴイルが爪とキバで切り裂いていく。


その隙にモモンガンが石を打ち付けて鎖を破壊していく。


姫の人選は見事だった。


人質を救出する際に選ぶポイントとして、人質を傷つけないというのが最重要になってくる。


足の遅いオークやゴーレム、火や毒を撒き散らすモンスターでは人質に被害が出る。


その点、グリフォンとガーゴイルの『機動性』を瞬時に見抜いたことはさすがと言わざるを得ない。


敵を無力化しながら、グリフォンたちは捕らえられた者たちを開放していく。


近づく敵にはグリフォンが強風を浴びせて近寄らせず、ガーゴイルによる素早い撹乱でなんとか対処していくのだが、いかんせん数が多い。


「ヤバいぜグリフォン、人間たちが集まってきやがった!」


「あきらめんな!しくじったらあの斧で真っ二つだぞ!」


グリフォンとガーゴイルは何度もくじけそうになるが、そのたびに『モロクの惨劇』を思い出して心を奮い立たせる。


モモンガンによって救出されたハーピィやセイレーンも、人間によって打ちのめされて弱ってはいるが、戦闘に参加して応戦する。


魔物たちは一塊になり、背をかばいあい、力を合わせて踏ん張る。


戦いは、まだまだ続く。




セレスティア王国の城から、ユリカ姫が連れ去られた。


王は嘆き悲しみ、国民は涙した。


しかし、たった一人だけこの状況に違和感を覚える者がいた。


ユリカ姫を幼い頃から見てきた、教育係のバスクだった。


バスクは齢70を越えた老体だが、体はまだまだ若々しく、年を感じさせない現役の元軍人だ。


姫が拐われた夜に起こった不可思議な現象。


ひとつ、セレスティア城の回りに張り巡らされた三重の魔術障壁が弱まっていたこと。


ふたつ、ユリカ姫の寝室に繋がる回廊の魔術結界が機能していなかったこと。


みっつ、国王しか知り得ない秘密の抜け道が使用された形跡があること。


よっつ、魔王に連れ去られたと言われているが、誰も魔王の姿を見ていないこと


バスクは1つ1つの謎を紐解いていく。


ひとつ、ここセレスティアの城の回りは24時間3交代制(深夜の勤務は給料2割増し)で300人の上級魔術師(住み込み)による魔術障壁が張り巡らされているのだが、姫が連れ去られた夜にはその障壁の力が著しく弱まった気配があり、一瞬だけ消えかかったのだ。


バスクはそれを敏感に感じ取っていた。


しかも、『内部』から力が加えられた節がある。


300人による上級魔術師の力を押さえ込むなど絶対に不可能である。


だが、ハイエルフの母の力をじゅうにぶんに受け継いだ『ユリカ姫』ならその限りではない。


この魔術障壁の役割は、もちろん城内に魔物をいれないこと。


と、もうひとつ。


大事な王族である姫を外に出さないこと。


ふたつ、ユリカ姫の寝室に繋がる回廊は魔魔術結界によって外からは断絶されるのだ。


外からでは絶対的な力だが、中からなら解除は容易い。


みっつ、王族しか知り得ない秘密の抜け道。


これは非常事態に王族を逃がすための抜け道で、城から城外へと続く道である。


もちろん、外から中には絶対に入れず、中から外にしか出れない。


国王しか知り得ないが、現在の王、そして先代の王に使え、姫の教育係を任命されたバスクはそれを知っている。


その道が使われていた。


姫には知らされていないはずなのだが。


よっつ、魔王に連れ去られた?ありえない。


城の近くならまだしも、城の中に魔族である魔王が入れるわけがないのだ。


人間が水中で生きられないのと同じで、魔族の生命ともいえる『魔素』に干渉する素材で作られた城内ではいかに魔王といえども存在できる訳がない。


これらを踏まえて、バスクは1つの仮説をたてる。


その仮説とは。


『姫は魔王に連れ去られたのではなく、自分から出ていった、と。』


ユリカ姫は、とても穏やかな人柄だった。


誰にでも優しく、水面のような清らかな心を持っていた。


だが、幼い頃からユリカ姫を見てきたバスクにはわかる。


ユリカ姫は、『人間がきらいだ』


人は平気で嘘をつき、騙し、媚びへつらう。


欲の塊のような物だ。


王族であるユリカ姫は、そんな人々をたくさん見てきた。


ユリカ姫に寄ってくるものはみな、『1人の人間』ではなく、『姫である』ユリカに寄ってきているのだ。


そして、バスクを除いて唯一心を許せる存在が、ユリカの母であるセレスティアの王妃『ユリア』である。


ユリアは人間とエルフのハーフに生まれたハーフエルフであるが、その美しさや知識、品性、生まれもつ魔力量などから最高位のエルフ、ハイエルフとして王であるアンドレイに嫁いだ。


そして、二人の間にユリカが生まれた。


だが、そこに愛はあったのか。


アンドレイは前王の子として王位は決定していたが魔力量は人並み以下だったのだ。


王としての戦歴、品位、威厳、国民から愛されたアンドレイだったが、その魔力量の少なさから王として疑問視されたことがあった。


度重なる他国との戦争に打ち勝つほどの圧倒的な武力をアンドレイは持っていた。


王として必要な、武力と魔力。


今となってはわからないが、もしかしたら母であるユリアは、子であるユリカになにかを語っていたのかもしれない。


だが、ユリカが10才の時に、母であるユリアは亡くなった。


今となっては、確かめるべくもない。



魔術結界によって隔離された、かごの鳥の姫ぎみ。


姫は、国王にとって大事な跡取りである。


国王の勅命で、勇者との婚姻も進んでいる。


バスクは思う。


城での生活が嫌になって自分から城を去ったのだとしても、魔王によって連れ去られたのだとしても、あなたが望む、幸せな未来が来ますようにと・・・。


余談だが、王妃であるユリアが亡くなってから国王は毎日愛人と◯りまくっているのだが、どうやら『種無し』らしい。


だから姫以外の跡取りは望めない。


いわゆる、無駄撃ちである。





エルフたちが捕らえられている集落の守りは強固だった。


セレスティア王に使えている歴戦の猛者たちはみな魔王軍討伐にむかっているのだが、ここにいるのは偽物の勇者によって選りすぐられた精鋭部隊だからだ。


盗賊を束ねる頭領や殺人快楽者、お尋ね者や血に餓えた狂戦士など。


セレスティア軍に負けず劣らずの力を持つ者たち、なのだが。


「な、なんだこいつは!化け物か!」


「まるで近寄れね~!」


「矢も魔術も効かないなんて、ありえね~!」


鎧袖一触とはこの事だった。


ハイエルフの母の力を受け継いだユリカ姫にはどんな技も届かず。


歴戦の国王の強靭な武力を受け継いだユリカ姫の一撃は何者の存在も許さず。


ユリカ姫は、『人が大嫌い』だった。


醜く、欲にまみれた、人間が。


反吐が出る。


王族として見てきた、数々の人の醜態。


反吐が出る。


だから、城を出たのだ。


姫は、300人の上級魔術師による魔術障壁の力を圧倒し、魔術によって城内の人間を操って魔王に拐われたと暗示をかけ、寝室を抜け出して秘密の抜け道から外に出た。


魔王に連れ去られたことにした理由は、それなら国民が納得するかな、という、まぁどうでもいい理由だ。


城を抜け出し、魔術障壁を抜け、姫は自由を手に入れた。


そして、なんと召喚魔術を行使して魔王を呼び出したのだ。


魔王は驚いた。


とても驚いた。


玉座に座って晩飯を楽しみに待っていたら、いきなり時空間転移の魔法に隔離された。


気づいたら、目の前には見知らぬ少女が立っていて。


「あんたが魔王?とりあえず、あんたの城に連れていきなさい」


と言われ。


またまた時空間転移の魔法で城へついたと思ったら。


自分より小柄な少女に角を捕まれ、飛び膝蹴りを叩きこまれたあと、何度も何度も床に叩きつけられ、あげくのはてには引きづり回されてぶん投げられて壁にドーーーーン!壁にめり込み、後頭部に前蹴りドーーーーン!さらにめり込み・・・。


魔王ご自慢の、角と羽が無くなりました。



だから姫は、人や魔物を拐って好き放題ヤルやつが許せない。


エルフに手を出すやつが許せない。


とにかく、嫌だと思ったら嫌なのだ。


かごの鳥はもうごめんだ。


これからはすきかってやってやる。


だってわたしは人間だから。


私利私欲にまみれた人間だから。


だからまず手始めに、『ムカつくお前らをぶち殺す』。


姫の振るう大斧が、姫の私利私欲のために振るわれ、集落にいた姫にとってムカつくやつらは1人のこらず駆逐されたのだった。




「助かりました」


「本当にありがとうございました」


「感謝してもしきれません」


姫は、助けた者たちからの感謝を受けた。


グリフォンとガーゴイル+モモンガンは傷つきながらもみなを守りきったのだ。どうやら、モロクの惨劇は逃れられたようだ。


戦い疲れた姫はグリフォンの背にのり、魔王城へと戻った。


魔王城への道すがらは、ガーゴイルの武勇伝が花を咲かせた。


魔王城へと無事帰還し、魔王専用の大浴場で汗を流した。


風呂上がりのコーヒー牛乳を飲みながら玉座へと戻った姫が見たものは。


城を去る前とまったく変わらずに片ひざをついて平伏の姿勢を崩さない魔王軍幹部と精鋭部隊の魔物たちだった。


姫はそれを見て満足げに笑った。


しかし、隣に座る魔王を睨み付け言った。


「お前、なんか傷治ってない?」と。


魔王は脂汗を流し、上ずった声で返答した。


「いや、自分魔王なんで、傷の治りがはやいんす・・」。


姫が城を出てすぐに魔物たちは魔王の傷を癒した、のだが、完治はとてもじゃないほどにズタボロだった。


反旗を翻す気まんまんだったのだが、肝心要の魔王がこの有り様ではどうしようもない。


魔物たち全員の意見、満場一致で『絶対に無理じゃね?』という結論に至るまでの時間はあっという間だった。



こうして、最低な城から抜け出して自由を手に入れた姫は、魔物たちに向かって高らかに宣言した。


「今日からこのわたしがあんたらの王だから、そのつもりで!」


姫の私利私欲は、これからはじまる。






































































































































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魔王に連れ去られた姫とクソ勇者の伝説 こば天 @kamonohashikamo

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