暗夜異聞 視えるモノ……

ピート

 

 あの店を探していた俺に妙な男の話が舞い込んできた。

 ガセだろうが、なんだっていい、ネタになればラッキー……そんな軽い気持ちだったのだ。



 編集の仕事をしてる俺は、伝手のあるライターにも店名を伝え、店をずっと探していた。

 もちろんこのご時世だ、インターネットでも即検索をした。

 さして珍しくもない『BLACK OUT』という店名の店は全国各地にあった。

 それを一軒一軒連絡をし、近場の店には直接足を運んだ。

 だが、どれも探している店ではなかった。

 そもそもバーではなかったり、バーだったとしても椎名巧という客は知らないという答えだった。

 もしかしたら酔っ払って見た夢や幻想だったのかもしれない。

 だがコートのポケットには、この鍵があった。

 あの夜の出来事は確かに起こったことなのだ。

 そうなれば、この好奇心を抑える事なんか出来るわけがない。

 あんな不思議な体験をしたんだ。

 そもそもこんなネタをお蔵入りなんかに出来るもんか。


 取材先だった占い師にこの鍵を見せた。

 不思議な力を持ってると噂のある男だ。


「何処でこの鍵を?」

 取材中表情を変える事のなかった男の瞳が一瞬輝いたように見えた。

「俺が直接手に入れたものだよ」

「そうですか。よく似たものを昔見せてもらったような気がしたんですよ」

「見せてもらった?誰に?」

「知人ですよ」

「知人?……椎名巧という男か?」

「会ったんですか?」

「会った、だがそれっきりだ」

「……なるほど」

「この鍵は、その椎名巧と名乗った男から預かったものだ。香坂さんに鍵を見せた知人と同一人物かは、俺には判断出来ないがな」

「残念ながら椎名さんの顔がわかるものは持ってないんですよ」

「会ったのは確かなんだ、渡されたこの鍵もコートのポケットに残っていた。だが、どうにも顔が思い出せない。雰囲気とか背格好なんてのも靄がかかったみたいに出てこない。こんな事を聞くのはおかしな話だとは重々承知してるんだが、どんな男なんだ?椎名巧というのは?」

「どんな?何が知りたいんです?簡単なプロフィールでも教えろと?」

「気分を悪くしたんなら申し訳ない。借りてるこの鍵を本人に返したいだけなんだ」

「それは無理な話ですよ。椎名さんは何年も前に死んでる」

「死んでる?」

「えぇ。もう5年、いや6年になるのかな。椎名さんはある事件で亡くなりました。大きな事件だったからニュースにもなってるはずですよ。綾金市で起きた銃撃戦は御存知ですか?」

「あの事件か・・・…当時俺も狩り出されて取材をしたよ。抗争ともいわれてるが、そもそも綾金には銃での抗争が起きるような組織は存在しない。あのネタはどう追いかけても何も掴めなかった。警察からの発表のみ、被害者も多かったが死人に口なしだ。加害者と言われた連中も大半が死亡、遺体の損壊が酷くて身元不明、国籍不明多数。発表されたのは巻き込まれて死亡した一般人の名前だけ。被害者家族にも、俺自身が取材に回った記憶がある。でも椎名なんて被害者はいなかったはずだ。それに鍵を受け取ったのは20年以上も前の冬だ。香坂さんは新進気鋭の占い師だ、公称されてる年齢はたしか19でしたか、学生だった貴方が椎名巧と出会っていたと?」

 銃撃戦に巻き込まれたと見られる遺体が多数発見された。

 だが、事件の目撃情報は無し。

 遺体を発見した連中が写した画像や動画がネットに放流された。

 大半が削除されたようだが、酷く損壊した遺体の映像で、PTSDを発症した者も多かったようだ。

 俺自身、しばらくはまともに食事が出来なかった記憶がある。



「椎名さんは被害者じゃないですからね」

「加害者だと?」

「加害者……まぁ、一般人にも死亡者も出てる以上加害者なんでしょうね」

「何か知ってるのか?」

「大した事は知りませんよ。でも、事件の起きる事を椎名さんは知っていたみたいです」

「関係者だと?」

「えぇ。その鍵を持っていて、椎名さんとも会ってる。なら貴方は多分こちら側の人間なんでしょう?」

「こちら側?いったい何の話だ?」

「とぼけるんですか?」

「俺はお前さんが占いだけじゃなく、不思議な力を持ってるって噂を聞いて取材の為にココに来ただけだ。どんな力でもあの男に繋がるものがあるならと思ってな」

「磐倉さん、……僕に不思議な力があると?」

「見えないモノを視れると聞いた。その力が本当ならこの鍵から何か視えるかと思ってな」

「それなら、死んだはずの椎名さんと会って、その鍵を受け取った貴方にも力があると思うんですがね?」

「俺が会ったのは20年以上も前だ!力?そんなものがあるなら、もう一度あの店に行ってる。」

「僕がその鍵を見せてもらったのは、椎名さんが亡くなったあの事件の日です。6年前に持っていた鍵をどうやって20年以上も前に渡すんですか?そもそも20年以上も前なら椎名さんも少年って呼ばれるような歳ですよ?」

「!?・・・…あの店で会った男とは別人という事か。……申し訳ない取材も終わってるのに、時間を取らせてしまった」

「でもその鍵は、椎名さんから見せてもらったモノなんですよ」

「同じ鍵だと何故わかる?じゃぁ、あの店は時間を飛び越えて存在してたとでもいうのか?」

「磐倉さんが言ったじゃないですか、視えるんですよ。店?さっきも言ってましたけど、どんな店なんですか?」

「視えるだと?……カウンターしかない小さなバーだった。店名はヒガン」一体何が視えるって言うんだ?

「それは彼岸ですよ。この世ならざる場所ですね」

「この世ならざる場所だって?なら、俺はあの時死んでいたとでも?」

「さぁ。僕はそこに行った事があるわけじゃない。でも、椎名さんがいたんですよね?」

「そう名乗る男はな」

「別人とでも?」

「困ったことに顔がどうしても思い出せない。そして香坂さんのいう椎名という男も写真がないんだろ?」

「えぇ、そういった物は一切残ってない。僕自身椎名さんが本当にいたのかと考える事があるくらいです」

「長い付き合いではないのか?」

「僕の人生に大きく影響を与えてくれたのは確かですが、あの人と過ごした時間はわずかですよ」

「どんな男なのか教えてくらないか?」

「追加取材ですか?」

「いや、俺自身が知りたいだけだ。俺の人生にも大きな影響を与えてるからな」

「影響?」

「俺はそもそもオカルト部門で仕事をするつもりは全くなかったからな」

「後悔してるんですか?」

「いや、おかげで不思議なモノにたくさん出会えた。たぶんこの出会いもそうなんだろうな」

「その不思議なモノについては教えてもらえるんですか?」

「大半は記事にしてきたからバックナンバーを送るようにしておくよ」

「……出来なかった話は?」

「ガセネタが知りたいのか?」

「どうせなら、ガセではないけど記事に出来なかった話が知りたいですね」

「それは今後記事にする可能性がある話だから難しいな」

「可能性がないものは?」

「……」

「教えてもらえると期待して、僕の知ってる椎名巧んの話をしますよ」

 香坂はそういうと語り始めた。椎名という男の話を……。




 他の人に見えていないモノが視えていると気付いたのはいつだっただろうか?

 気付いた時には友人と呼べるような存在はいなくなっていた。

 学校へ向かう通学路、毎日同じ道を通らないといけない。

 でも此処には僕を狙うヤツがいる。

 アレがなんなのかはわからない。

 でも通る度に僕の身体が食いちぎられる。

 痛くて苦しい。でも血が流れるわけじゃない。

 初めて食いちぎられた時は、たいした傷みじゃなかった。

 ほんの少しチクッとした傷みがあっただけだった。

 その時も血は流れなかった。

「……美味い」小さくそんな呟きが聞こえたような気がした。

 ただただ怖くて走って逃げだした。

 あの場所は通りたくない、違う道を歩いて学校に行ったら、誰かがチクったのか先生に怒られた。

 それ以来、あの場所を通る時は全力で走るようにした。

 それでも小さな痛みは少しずつ大きなっていった。

 そしてあいつはあの場所から、移動して学校の門で待ち構えるようになった。

 いつか喰いつくされる。

 そう思うと学校に行けなくなった。

 でも、あいつが食べるのは僕だけなのか?

 僕が通らなくなったらあの場所を通るクラスメイトが喰われるんじゃ?

 仮病で休んでいた家を抜け出すと、学校の正門を遠巻きに確認する。

 ……いた!

 あの黒いモヤモヤした何かは、初めて見た時より随分と大きくなっていた。

「・・・…どうしよう」呟きがこぼれる。

「少年はアレが視えてるのか?」背後から突然声をかけられた。

「アレって?」誰だこの人、大学生くらいかな?

「見ず知らずの他人を警戒するのはいい事だ。勘違いではないと思うんだが、あの黒いモヤモヤしたの、視えてるだろ?」断定するような口調だ。

「……視えてるんですか?」この人も?

「視えるな。ちなみに少年が何度か取り込まれそうになってるのも見てる」

「……助けてくれるんですか?」アレを何とかする術をこの人は知ってるんだろうか?

「助けてほしいのか?」

「喰われたくない。それに……他の誰かがアレに喰われるのもイヤだ」

「アレが覚えてるのは少年の味だけだ。少年があそこを通らなければ大丈夫さ」

「それじゃ学校に行けない。それに他の人は大丈夫なの?」

「今のところはな」

「いつかは喰われちゃうって事?」

「そうなるかもしれないな」それがどうした?そう言わんばかりの態度だった。

「だって、そんな危ないのに放っておくだなんて」

「誰も気付いてないんだ。少しずつ魂を喰われて衰弱死するだけだ。病気と何が違う?」

「アレがいなかったらそんな人はいないって事でしょ?」

「少年はアレをどうにかしたいのか?」

「……どうにか出来るなら」でもそんな方法はわからない。

「責任感が強いんだな」

「責任感?」

「自分に被害がなければ、目を閉じて見ないふりをする人間の方が多いってことさ」

「お兄さんは?」

「ここ数日少年を見かけなかったからな」

「心配してくれたって事?」

「別に少年がどうなろうと関係ないんだが、アレがデカくなると面倒臭いんだよ」

「面倒臭い?」

「消す手間が余計にかかる」

「さっきどうでもいいような事言ってませんでしたか?」

「誰も食わないなら、視える人間にはモヤモヤしてて視界の邪魔になるってだけで害はないからな」

「でも今消すって」どうにかできるって事なんだろうか?

「少年はここの生徒か?」

「えぇ」

「竹爺ってまだいたりする?」

「学年主任の竹下先生ですか?」

「そろそろ定年退職したと思ってたのに、まだ現役なのかよ。しゃあねぇ、後輩死なせると竹爺にヒドイ目に合わされそうだからなんとかしてやるよ」面倒臭いと口では言ってるが、最初からそうするつもりだったみたいだ。

「少年ってさ、もしかして香坂?」

「えっ?」

「竹爺に頼まれたんだよ。香坂って生徒の事で相談があるってな」

「何で竹下先生が?」

「俺がああいったのが視えてるってのを知ってるし、香坂の事もなんとなく気付いてたみたいだな」「先輩は……困ってなかったんですか?」

「困る?俺は使いこなしてたからな、持ってる力を」

「使いこなす?視えるだけじゃないんですか?」

「何とかしてやるって言っただろ?そもそも視えるだけじゃ対処出来ないじゃないか」何言ってるんだコイツって感じで、にやりと先輩は笑う。

「出来るんですか?」

「面倒だけどな。それと先輩ってのは呼ばれ慣れないから椎名でいい」

「……椎名さんはアレを何とかしてくれるんですか?でも、僕、お金とか払えないですよ」

「金?あぁ、そういう仕事してる連中もいるな。俺はコレで食ってるわけじゃないし、そもそも少年の依頼じゃない。竹爺の依頼だ」

「竹下先生が払うって事ですか?そんな……」

「竹爺が?俺は香坂少年の事で相談があるって呼ばれただけだ。アレをどうにかしたら、学校行くのは問題無いんだろ?それとも不登校は他の理由かい?」

「他に問題は……」この視える力をどうにかしたい。

「竹爺は視えたりするわけじゃないが、俺を含め妙な生徒はたくさん見てきてるんだぜ?それに、その力に関しては専門家を紹介してやるから、そいつに話をすればいい」

「専門家?」

「あぁ、そいつも変な請求をしたりするような事はないから心配するな」そう言うと椎名さんは右手の人差し指と中指だけを揃えて立てる。じゃんけんのチョキを閉じてるような形だ。

「少年はコレは視えるか?」

「これ?」右手が目の前に出される。

 少しずつ指先が光に包まれていくのがわかる。

「コレも視えてるようだな」僕の表情で視えている事はわかったようだった。

「『氣』ってやつだ。これは剣印って印なんだが、その名の通り『氣』を練りこむことであぁいったモノを斬る剣にもなる」

 光が伸びていって、刀のようになったのがわかる。

「……すごい」

「凄いだろ?竹爺はわかっちゃくれないけどな」そう笑うと斬り下ろすように右手が動く。

 一閃だった。

 ゲームやアニメの技のように光の刃が一閃すると、黒いモヤモヤは真っ二つに斬られそのまま霧散していった。

「……」言葉にならない。一瞬の出来事だった、この人何者なんだ?

「どうした少年?」

「面倒って言ってたじゃないですか」

「放っておいてもいいのに、わざわざ片付けたんだぞ?面倒だろ?」さっきと同じ何言ってんのコイツって顔だ。

「一瞬だったじゃないですか」

「わかってないな少年、サクッと出来るようになるまでどれだけの苦労が……って、特に苦労してねぇな。じゃ、竹爺と呑みに行く約束してっからまたな」そう言うと椎名さんは学校に入って行った。

 椎名さんが入っていく門には、さっきまではあのモヤモヤした何かがいた。

 一瞬の出来事だった、あんなに怖かったモノはそこには存在しなくなっていた。

 慌てて追いかけようとしたが、制服を着てない事に気が付いた。

 一度帰って着替えて……それじゃ、もう授業終わってるか。

 明日から登校出来るし、竹下先生に色々と聞いてみよう。





「これが初めて会った時の出来事ですよ」

「そのモヤモヤした何かの正体は?」

「わかりませんよ、悩んで怖がってたのが馬鹿らしくなるくらい一瞬の出来事だったんですから、それから数日後に再会したんですよ」

「専門家を紹介してくれるんじゃなかったのか?」

「僕もすぐに紹介してくれるもんだと思ってたんですけどね。椎名さんの事を聞こうにも、竹下先生もその二日後には亡くなってしまって……」

「事故か何かで?」

「脳溢血です。翌日、登校して相談しに行ったんですよ」




 登校してそのまま職員室に向かう。

 竹下先生に話を聞いてもらうのと、椎名さんの事を知りたかったからだ。

「竹下先生いらっしゃいますか」職員室の入口で竹下先生を呼んでもらう。

「おはよう。香坂、体調はもういいのか?うん、顔色は良さそうだな」竹下先生は基本的には優しい先生だ。怒らせたらもちろん怖いけど。

「ご心配おかけしました。先生に相談したい事と聞きたい事があったんですけど」

「ふむ。短い時間で済むような話なら昼休みでも構わないし、じっくり話したいなら放課後に相談室に来てくれれば部屋を使えるようにしておくが……まぁ、長くなるかもしれないし、放課後にしとくか」授業が終わり次第相談室に向かう事を約束して、数日ぶりに教室に向かう。

 休んでた分のノートを友人に借り、先生からは授業で配布されたプリントやら宿題を渡された。

 ……この量は、帰ってから片付けるの大変そうだ。

 授業を終え、相談室に向かう。

「香坂、授業は大丈夫だったか?」

「休んでた分を取り戻すのが大変そうです」

「わからないところはいつでも聞きに来たらいい。やる気のある生徒は教える方も楽しいからな。で、相談と聞きたい事があるんだったな?」

「はい。相談と聞きたい事は同じような事なんですけど……」

 自分の視える力を伝え、先生が過去にそういった生徒を見てきたことがあると聞いた事を伝える。

「不思議な力に関しては、先生はそういった力があるわけじゃないから実際の所、同じ気持ちにはなれないんだが、まぁ力にはなれる。しかし、そんな話を誰に聞いてきたんだ?」

「椎名さんです。昨日、先生と呑みに行くって言ってましたけど、聞いてないんですか?」

「!?そうか……椎名からか。呑みにはまだ行けてないんだが……」椎名さんの名前を聞いて先生は一瞬驚いたような表情を浮かべたように見えた。

「昨日門の所で会ったんです。その後、学校に入っていったんですけど、先生と会えなかったのかな」

「昨日は地域の会議に行ってたからな。タイミングが悪くて会えてないんだ」

「……そうなんですね。改めてお礼が言いたかったんで、伝えてもらってもいいですか?」椎名さんは先生の依頼って言ってたような……?

「香坂の力に関しては、先生も出来る事はしておく。周囲に理解してくれる友人でもいるといいんだが、なかなか難しいからな」

「先生は僕の力、知ってたんですか?」

「友人にそういった事を話した事はあっただろ?子供たちの会話は、内緒にしてるつもりでも教師の耳にはそれなりに入ってくるものさ」

「せっかくだから進路相談でもしておくか。香坂の今の成績だと少し頑張ってもらわないといけないが緑陰学園に行くといい。どういった理由があるのかは知らないが、そういった力を持った生徒が多いそうだ。対外的には知られてはいないことだがな」

「秘密にしてなくても大丈夫って事ですか?」

「対外的には秘密にしておいた方がいいんだろうな。ただ教職員や生徒にも理解してくれる者は多いと思う。力を失った子も見てきてるから、香坂の力もその内消えてしまうかもしれないがな」

「ありがとうございます。進路、しっかり考えた事なかったけど、勉強、もうちょっと頑張ってみます」

「わからないままにしないで、わからない事は聞きにくるといい。俺じゃなくて教科担任の先生方も質問に来てくれる生徒の存在は嬉しいものだからな」感慨深そうに先生は笑う。

「先生ありがとうございました」

「あぁ、気を付けて帰るんだぞ。寄り道しないようにな」

 次の日、登校するとわからなかった宿題を聞きに職員室に向かった。が、竹下先生の姿はなかった。

 先生が亡くなったという話を聞いたのは、朝のホームルームでの事だった。





「出来過ぎたタイミングじゃないか?」

「でも、事件性はなかったそうです。ただ……」

「ただ?」

「先生が抱えていた仕事に関する引き継ぎはすんなりいったそうです」

「教師ともなれば、生徒に関する事だけでもかなりの量だと思うんだが?普段からマメに資料を残してる人だったのか?」

「みたいですね。僕の進路に関する書類も出来上がっていたそうです。何か月も経って、進路相談の時に緑陰学園の事を話した時に聞いた話ですが」

「その相談の後に作成してくれてたにしても、随分と熱心な先生だ」

「おかげで進路に関しては随分と楽でした」

「それで緑陰学園については話てくれるのかい?」

「出身校なんてすぐにわかるから話しただけで、他の事は話せませんよ。個人情報ですから」

「気にはなるところではあるが、その後、椎名との再会は?」

「会いましたよ。先生の葬儀に参列した帰り道で」





「香坂少年、竹爺に相談は出来たか?」

 一緒に参列に行っていたクラスメイトと別れ、1人になるのを待っていたようなタイミングで声を掛けてきたのは椎名さんだった。

 どう見ても普段着のそれは、葬儀に参列していた姿ではなかった。

「先生が亡くなったの知らないんですか?」

「知ってる」

「葬儀には?」

「そういったのは参加しないことにしてるんだ」

「専門家を紹介するって約束をしていただろ?竹爺にも頼まれたしな」

「会えたんですか?」

「呑みに行ったからな」

「先生会えなかったって……」

「あの日はな。竹爺から緑陰の話は聞いたんだろ?入学したらHってのがいるから頼るといい。すぐにでも困るような事が起きた時は、入学前でもいい。今年入学した奴だから、学年はわかるな?」

「それまでは?」

「困るような事は起きない。見えるだけだしな」断言するような言い方だった。

「こないだみたいなモヤモヤしたのは?」

「しばらくは出てこないから安心しろ」

「聞きたい事がいっぱいあるんです」

 先生の事、椎名さんの事も……。

「ゆっくり話したいトコなんだが、これからちょいとやらないといけない仕事があってな」

「仕事?学生じゃないんですか?」

「学生?随分と若く見られたもんだな。まぁ、若く見られる分には喜んでおくとするさ。このまま帰って自宅でおとなしくしてるんだな。今晩は色々と騒がしくなるし、物騒な事が起きるからな」

「物騒な事?」

「アホな事をやらかす奴らがいるようなんで、ちょいとお仕置きしに行ってくるだけのことさ」

「お仕置き?」

「悪い子にはお仕置きが必要だろ?」

「面倒な事はしないって言ってませんでしたか?」

「放っておいた方がもっと面倒になるのさ」

 詳しい事を教えてくれる気はないみたいだ。

「そうだ、香坂少年。この鍵を覚えておいてくれないか?」

 そう言ってポケットから無雑作に取り出した鍵を僕に見せる。

 随分と古ぼけた鍵だ。

「これは?」

「力を意識して視てくれないか?」

「力に?」視る事を意識して、もう一度鍵を見つめる。

「わかったか?」

「眩しくて視てられないですよ」意識した途端光が溢れ出して鍵の形すら認識出来ない。

「この鍵の事を覚えていてくれればいい」

「眩しくて形覚えてないですよ」

「視た時にこれだけ輝くようなモノはなかなか見れないから大丈夫さ。それじゃあ、いつか呑みに行こう」そう言うと椎名さんの姿はかき消すように消えていった。

 椎名さんとはそれっきり会う事はないままだった。




「Hってのは?」

「個人情報なんで言えませんが、お世話になった専門家ですよ」

「で、この鍵も光ってるって事か?」

「そういう事です」

「で、椎名とは?」

「それっきりです。ただあの事件の被害者の中に、あの日椎名さんが着ていた服装の身元不明者がいたってだけです」

「身元不明者か……」遺体の損壊が激しい被害者の身元を特定する為に、遺体の服装なんかは一部公開されてたか。

「たまたま似たような服装の別人なのかもしれませんが……。Hさんもですが、椎名さんにその後会った人はいないんです」

「だから死んでいると?」

「生きてるような気もしますが、実在したのかもあやふやなんですよ」

「会ったんだろ?」

「会ったのは僕だけですから」

「Hさんは?」

「椎名なんて男は知らないと」

「専門家として有名だったって事かい?」

「そうですね、こちら側では有名な方です」

「こちら側ねぇ」

「磐倉さんは違うと?」

「さっきも言ったが、本当にそういった力は持ち合わせちゃいないんだ。持っていたら、この鍵が光ってるのにだって気付いていただろうしな」

「そうですか」残念そうに香坂が呟く。

「椎名に再会したいのは俺も同じだ。ただ香坂さんの会った椎名と俺が会った椎名巧が同一人物かは不明だがな」

「巧って名前かどうかも僕にはわかりませんからね。ただ、その鍵は同じモノですよ」

「詳しく視てもらっても?」

「力で視ようとすると光が強すぎて形すら認識できなくなるんですよ。多分意図的にそう作成されてるんでしょうけど」

「意図的に?」

「それだけ光るんです、探すのは簡単でしょうから」

「店に辿り着けなければ現れるかもしれないと?」

「必要なモノならそうでしょうね」

「そんな必要なモノを預ける理由もないというわけか」

「あの日覚えているようにと椎名さんは言ったんです」

「俺が鍵を持って現れると予測していた?」

「……わかりません。でも意味の無い行動はしないと思うんですよ」

「事件の詳細については?」

「報道された以上の事は知らないですよ。僕は視えるだけですから」

「残念ながら俺もネタは持ってない。公開されてた服装の情報で椎名の服装と似ていたってのを教えてくれれば、伝手に当たってはみるがな」

「お願いします」

「こちらこそ、色々と聞かせてもらえて助かったよ」

「何かわかれば教えてもらえますか?」

「もちろんだ。何処かで会ってしまった時に伝言があるなら伝えるようにするが、どうする?」

「再会はきっとするんですよ。呑みに行こうと言っていましたから」

「死んだとは思ってはいないんだな?」

「今日磐倉さんから話を聞いていなければ、亡くなったと思っていたんですけどね」

「時を超えて存在しているとでも?」

「その辺も含めて再会した時にでも聞かせてもらう事にしますよ」

「じゃあ、香坂さんが先に会うような事があれば、店が見つからなくて困ってたと伝えてもらえますか?」

「わかりました。すぐに連絡するようにしますよ。名刺の番号で大丈夫ですか?」

「えぇ、取材中でなければ出ますので、連絡してもらえると助かります。本来の取材についての記事に関しては、原稿で出来上がり次第一度送らせてもらいますから、内容の確認をお願いします」

「まぁ、生活出来る程度にはお客さんに来てもらってますから、忙しくならない感じでお願いします」

「そんなに売れてる雑誌じゃないですから大丈夫ですよ」

 これ以上は話す事もなさそうだ。

「僕のプライベートの連絡先です。椎名さんに会うような事があれば連絡してください。すぐに向かいますから」

「わかりました。貴重なお時間ありがとうございました。服装の件に関しては改めて連絡します」

 取材を終え帰路に着く。

 事件の情報を伝える為に後日連絡したが、香坂との連絡はそれっきりだった。




 数年後『BLACK OUT』再会する事になるとは、この時は想像すらしていなかった。




 Fin

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暗夜異聞 視えるモノ…… ピート @peat_wizard

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