鋼鉄の悪魔

 ――ファード帝国、ケッセルリング領

 帝国と王国の境目に存在するその領地では、来たるべき魔族の進行に備えて防備が整えられていた。

 選りすぐりの兵を集め、砦を強化し、領民を少しずつ首都へと避難させていた。

 結果、ケッセルリング領は外敵に対し強固な防御力を誇ることになった。

 これで、しばらくは魔族の侵攻を防げる。領主とその兵達はそう思っていた。

 しかし、現実は大いに違っていた。


「な、なんだ!? 魔族がこんな強力な力を持っているなんて聞いてないぞ!?」

「兵が次々に殺されていく……なんだあの兵器は!」


 兵士達は、魔族に為すすべもなく倒されていったのだ。

 彼らに油断がなかったわけではない。だが、それまでの戦力ならばしばらくは耐えられるほどの備えはしていた。

 が、今の魔軍には帝国兵では到底太刀打ちできない兵器が使われていたからだ。

 それは――


「――な、なんだあの……鉄で出来た箱はっ!?」


 魔軍が用いた兵器。

 それは、戦車――ティーガーⅠであった。淀美の力によって生み出され、使い方を奉政がゴブリンに教育したものである。

 戦車は一領地を侵攻する部隊に一両ずつ程度の配備がされているものだが、それでも絶大な効果を発揮した。

 対戦車戦を想定した装甲は帝国兵のあらゆる攻撃を受け付けず、砲弾はどんな城壁をも破壊した。

 まさに一両で戦況を支配する決戦兵器であった。

 さらに、それだけではない。

 一部のエリートとされるドラゴニュート部隊には、工場で製造が開始されていた自動小銃――AK-47が持たされていたのだ。

 ドラゴニュート隊はその自動小銃を空を飛びながら射撃し、次々に帝国兵達を殺めていった。

 こうして、ケッセルリング領はあっという間に侵攻され、落ちることとなる。

 さらに、落とされたのはケッセルリング領だけではなかった。

 王国および教国と隣り合っている領地のほぼすべてに魔軍は侵攻をしかけたのだ。

 同時的な電撃戦である。

 それにより、アーレンス領、フライターク領、ハイゼンベルク領の三つの領地が落とされることとなった。

 帝国は、まさに大打撃を受けたのである。

 

 

 そして今、王国の首都と帝国の領地であるフンボルト領をつなぐ街道で、王女と彼女を護衛する兵士、そして勇者達が襲われていた。


「くっ、このままでは埒が明かない……!」


 天光が光のバリアで戦闘機の攻撃を防ぎながら言う。

 彼女のバリアはよく攻撃を防いでいたが、防御に徹しているため攻撃に転ずることができていなかった。


「二人共、提案があります!」


 と、そこで天光は迫りくる洗脳された兵を相手にしていたシャーロットとヨアヒムに言った。


「何よ、提案って!」

「この状況を打開できるのだろうな!」

「はい! お二人は、全力で女王陛下を連れて逃げてください! 奴らの兵器は、私がしんがりになって引きつけます!」

「はぁ!? またあなた一人で戦おうってわけ!?」

「ええ! 私一人ならいくらでもアレに対抗できます! ですが、こうして守りながらだとどうしてもバリアを貼るので精一杯なんです!」


 それは、遠回しに自分以外は足手まといである、と言っているのと同義だった。

 もちろん、天光はそれを自覚しているし、シャーロットとヨアヒムも気づいた。

 が、それにシャーロットもヨアヒムも怒ることはなかった。


「……ええ、それもそうね! 任せたわよ!」

「女王陛下は必ず我々が!」


 むしろ、二人はすぐさまその事を受け入れた。

 彼女の実力は、先のヴィオネの戦いで二人共よく理解していたからだ。


「でもその前に、この操られている兵士をなんとかしないと!」

「それなら俺に任せろ! 逃げるだけに力を使うなら、ここで大きく魔力を消費できる……バインド!」


 多数の魔法陣を出現させヨアヒムが叫ぶ。

 すると、周囲一体の操られている兵士の体がピタリと止まったのだ。


「兵士すべてに拘束魔法をかけた! なかなかの消費だが、あとはすべて逃げるために魔力を使うっ!」

「分かったわっ! ……天光、任せたわよっ!」

「……はい!」


 天光が答えると、シャーロットとヨアヒムは馬車の中にいた女王を連れて外に出る。


「陛下、こちらです!」

「俺に掴まって!」


 ヨアヒムがアデライド女王を抱えると、そして、ヨアヒムの足元に魔法陣が浮かび上がる。


「スピードブースト!」


 ヨアヒムの体を青色の光が包み込む。

 そして次の瞬間、ヨアヒムはものすごい速度で駆け始めた。

 移動速度上昇の魔法である。


「私も……はっ!」


 それに、シャーロットが瞬間移動でついていく。

 二人は高速で天光の元を離れていった。


「逃がすか!」


 それに襲いかかろうとするのは淀美率いる航空隊であった。

 三機の戦闘機が二人目掛けて機銃掃射を行おうとする。


「させん!」


 そんな戦闘機に向かって、天光は拳銃を向けた。

 拳銃を持つ天光の体からは赤いオーラが漂っている。

 天光は一機の戦闘機に向かって、拳銃の引き金を引いた。

 すると、その拳銃弾は天光の体と同じ赤いオーラをまとって飛んでいき、グレムリンの乗っていた右側の戦闘機に当たる。

 すると、大きな爆発が起こり、戦闘機を落とした。


「……マジかよ」


 淀美はそれをコックピットの中から見て冷や汗を垂らしながら言った。

 天光は戦闘機相手にも戦える。その事実が彼女を戦慄させたのだ。


「さあ……次はどっちだ!」


 天光は一旦距離をあける戦闘機を睨みながら、言った。



「……はぁ……はぁ……!」


 ヨアヒムが息を切らす。

 女王を抱えながらの疾走は、なかなかの負担になっていたのだ。


「大丈夫? 代わろうか?」

「いや、大丈夫だ。それよりお前は力を温存しておけ。この先待ち伏せもあるかもしれん……!」

「すみません二人共、私のために……」


 抱かれている女王が謝る。そんな彼女に、二人は走りながら首を振る。


「いえ、いいんです。これも私達勇者の役目ですから」

「ええ。陛下は今は生き延びることだけを考えてください。それが、ソブゴ王国復興に繋がるのです」

「二人共……」


 二人がそう言いながら女王に笑いかけた、そんなときだった。


「「……っ!?」」


 二人は急に足を止めた。

 そこに、もっとも会いたくない人物が立っていたからだ。


「はぁい、二人共。元気そうでなによりだわ」


 二人を邪魔するように立っていたのは、富皇だった。

 富皇が笑いながら、そこにいた。

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