裏工作

「さて、我々は一国を落としたわけだがこれで慢心してはいけない。まだソブゴ王国とファード帝国という強大な二国が我々の前に立ちはだかっている。これを見過ごすわけにはいかない」


 雷雲立ち込めるノーマンズランド。そこにそびえる魔城にて、奉政が語る。

 それを聞くのは当然富皇と淀美、そしてノスフェラトゥである。

 彼女らは例によって魔城の作戦会議室に集まっていた。


「それゆえ次の侵攻は慎重にいかねばならなかったのだが……宇喜多氏が勇者に次の侵攻先を漏らしてしまった」

「あらまだ引きずってるの? あの計画に関してはあなたも了承したじゃない」

「それはそうだが……やはり情報的な優位性を相手に持たせるのは気が進まなくてな……」

「もう。とにかく、次の侵攻はソブゴ王国よ。これは決定事項」

「はいはい……」


 奉政は呆れたように眉毛をハの字にしながら言う。

 一方で富皇はくすくすと笑っており、淀美は苦笑していた。


「次にソブゴ王国を攻める以上、帝国の参戦はどうにかして防ぎたいところだ。更に、これから侵攻する王国ははっきり言って教国以上に国力がある。それを瓦解させるとなるといろいろと工作が必要だが……」


 そこで奉政は少し溜め、


「まあ、それならそれでやりようはある。ここはひとつ私に任せてくれ」


 と言った。


「任せるって……どんな策があるのかしら?」


 その富皇の言葉に、奉政はニヤリと笑った。


「なあに、どこの世にも、あぶれて世の中を恨む愚か者と、自分の利権ばかり考える汚れた政治屋はいるものなのさ」



   ◇◆◇◆◇



 シャーロットはその日、ハロルドと共に馬車に揺られていた。

 ハロルドとの約束通り、馬車を使い二人で王都に向かっているのだ。


「ふぅ……馬車の旅というのは、なかなかもどかしいものね。私なら瞬間移動でひとっ飛びなのに」

「だからその体で無理をしてはいけませんよシャーロット様。幸い魔軍もすぐさま侵攻してくる様子はないようですし、ね」

「それでも、早く伝えるに越したことはないわ」

「まあそれはそうですけど……」


 二人がそんな話をしていたときだった。


「……?」


 馬車の外から何やら大声が聞こえてきたのである。

 その声が気になったシャーロットは馬車の後部から外に顔を覗かせる。

 すると、


「魔族こそ真の救世主なりー! この腐敗しきった世を変えられるのは魔族だけである! 人類は皆魔族に恭順せよー!」


 そんな威勢のいい声が聞こえてきたのだ。


「なっ……何よあれ!?」


 シャーロットが驚きの顔を見せる。

 一方で、ハロルドが表情を曇らせる。


「どうも……魔族信奉者、というのが最近出てきたと街で聞きました」

「魔族信奉者……!?」


 聞き慣れない単語にシャーロットは眉間に皺を寄せる。


「はい。信仰の厚いスピリ教国民では考えられない事ですが、王国や帝国には現在の治世に不満を持ち、魔族こそが世の中を統べるべきだと考える人々がいるようです。それも今まではほとんど目立たなかったのですが、ここ最近の魔族の侵攻によってにわかに活気だって信奉者を増やしているとか……」

「……バカバカしい!」


 シャーロットは吐き捨てるかのように言った。


「何が魔族信奉者よ! あいつらは、人の命を命とも思っていない最低な連中なのよ! 人間と相容れるわけがないのよ! それを信奉するなんて……間違ってるわ! ムカついた! ちょっとあいつらぶん殴ってくる!」

「だ、だめですって!」


 馬車から飛び降りようとするシャーロットをハロルドは腕を掴んで止めた。


「俺も気持ちは分かりますけど、ああやって騒いでるのも氷山の一角にしか過ぎないんですよ! ここでシャーロット様が殴っても、旅を遅らせるだけですって!」

「うう……!」


 ハロルドの必死の説得により、シャーロットはなんとか押し止まった。

 しかし、それで気が収まるわけでもない。


「あーもう! ムカムカする! 断言するわ、あんなののさばらせておいたら、ロクなことにならないわよ」

「まあ、そうですけど……」


 二人を乗せた馬車はそうやって二人が話している間にも歩みを進め、やがて騒がしくしている魔族信奉者から離れていくのだった。


 ……彼女達は気づかなかった。

 その魔族信奉者の裏に、とても強大な闇が蠢いていることを……。



   ◇◆◇◆◇



 大陸北東、ファード帝国。

 三国に分割されている大陸の中でも屈指の軍事力を持ち、王国としのぎを削っている帝国である。

 その帝国の宮城において、皇帝クリストハルト・ライヒェンバッハはとある報告を受けていた。


「……それが、議会の決断と言うわけだな」

「はい。反対多数で可決されました。我が帝国は、スピリ教国に対する魔族討伐の兵を出さない、と」

「ふむ……」


 クリストハルトは難しい顔をしながら玉座で頬杖をつく。

 一方、奏上している家臣は能面を貼り付けたかのように無表情であった。


「魔族は人類に仇なす敵ぞ。それを見逃せと言うのか」

「はい。恐れながら」


 皇帝の言葉にも臆さない家臣。彼はこの国の宰相であり、皇帝に意見できる数少ない人物であった。


「我が国は長年に渡る王国との対立により、兵力を割くいとまはありませぬ。むしろ、魔族が王国を攻めてくれれば我が国にとって有益かと」

「だが、その魔族が我が国に侵攻してくる可能性も十分あるのではないか」

「それは当面の間問題ないと思われます。なぜなら、密偵からの情報によると魔軍は次の侵攻をソブゴ王国に定めたとのこと。ならばしばらく我が国は安泰でしょう。それに、王国が危機になったときに帝国から救援の兵を送れば、王国に恩を売れましょうぞ」

「ふむ……」


 クリストハルトは自分のひげを擦りながら考える。

 彼は名目上国家の最高権力者である。だが、国の政治は帝国議会が司るようになってから数代経っており、彼も議会の意見は無視できない立場であった。


「……分かった。ここはそちらに任せる。現状は、静観せよ」

「はっ!」


 皇帝のその言葉を受けると、宰相はくるりと背中を向け玉座の間を去っていった。


「……むう」


 そして、宰相が消えると皇帝は一人溜息をつく。


「まったく、何が皇帝か。これではお飾りではないか。……それにしても」


 そこで、クリストハルトは目を光らせた。

 彼は、ただのお飾りで終わるような男ではなかった。


「議会の動き、どうにもきな臭い……これは探らせる必要があるな……いるな。ヨアヒム」

「ええ、ここに」


 すると、その玉座の背後からどこからともなく一人の男が現れた。

 灰色の髪と瞳をし、黒いマントに身を包んだたその男の名は、ヨアヒム・フィッツハーゲン。帝国の勇者である。


「余の言いたいことは分かるな」

「はい。勇者という光でありながら帝国の影でもある、このヨアヒムにお任せを」


 そうしてヨアヒムは再び玉座の後ろの闇に消えた。

 今度こそ一人残った皇帝は、顎からわずかに生えたひげをさすりながら言う。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 皇帝はこのとき知る由もなかった。

 自分が踏もうとしている尾が、想像以上の怪物の尾であることを……。

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