感崎零の怪異潰し

星奈さき

第1話 霊とか妖怪とか、そういうのにくわしいイケメン


「アグリさんて、知ってるやよ?」


 それは、お昼休みがはじまってすぐのこと。水橋みずはしさんがミートボールをつまみながらたずねた。


「アグリさん?」


 アスパラのベーコン巻きを噛みながら、小山内おさないさんが聞き返す。


「……アグリ、さん」


 ワンテンポ遅れて、わたしもつぶやく。わたしはいつも、ワンテンポ遅い。


「そう、アグリさん。うちの中学には、アグリさんて霊がいるんやよ」

「まあ、智聡中って古いし、霊の一匹や二匹、いてもおかしくないか」

「霊の数え方、匹やよ?」

「ほかになにがあるの?」

「一人、二人やよ」

「でも人じゃないし」

「霊は人じゃない? まあ、言われてみれば?」

「かといって、動物でもないけど」

「じゃあ、なにやよ?」

「さあ?」

「さあ、て」 

夜野目やのめさんはどう思う?」

「ふえっ」


 急に話しかけられて、変な声を出してしまった。


「ごめんごめん」


 そんなわたしを見て、小山内さんは苦笑しながら謝る。


 うぅ、謝らせてしまった。


 わき腹に、じわっと嫌な感覚が生まれる。謝らせてしまった。謝らせてしまった!


 小山内さんは悪くないのに。悪いのはわたしなのに。謝るのも、誤るのも、わたしの役目なのに。


「…………えっと、えっと、その、わからないです」

「そっか」


 わたしのつまらない返しにあきれることなく、小山内さんはうなずいてくれた。


 私立智聡中学に入学して一ヶ月。わたしはいまだに、クラスになじめず浮いていた。


 いや、浮いていたというより、沈んでいたのほうが正しい。


 まるで、カップの底にたまったココアパウダーのように、溶けこまず沈んでいるわたし。


 三人でお昼を食べているのも、一人で食べていたわたしを見かねて、小山内さんが誘ってくれただけ。


「えっと、なんの話をしてたんだっけ?」

「アグリさんやよ」

「そうだった」


 うん、わたしにかまわず、二人でトークしてください。


「アグリさんてのは、学校に住みつく地縛霊やよ。もともとは学校の生徒で、ウチらと同じ一年だったんだけど、ある日とつぜん自殺したんだとか」

「自殺、ねえ」

「それからというもの、すすり泣く音とともに、怨めしそうな顔の少女が、学校にたびたび現れるようになったんやよ」

「ちなみに、アグリって苗字? それとも名前?」

「わからんやよ。安栗さんなのか、亜久里さんなのか。はたまたべつの漢字なのか。わかっているのは、その幽霊がアグリさんと呼ばれているってこと、体が血まみれだってこと、そして、自分の姿を目にした生徒に襲いかかるってこと。ウワサだと、襲われた生徒は両足を引き千切られるとか、真っ暗闇の世界に引きずりこまれるだとか言われてるやよ」

「うっ」


 小山内さんが顔をしかめる。


「それは、イヤね。そんなものが、この学校をうろついているだなんて」

「でも、対処法もあるんやよ」

「どんな?」

「アグリさんに遭ってしまったら、『アグリアグリアグリ』って、名前を唱えればいいんやよ。何度も何度も、はっきりと、相手に伝わるように、『アグリアグリアグリ』って。そうすれば、アグリさんはどこかに消えてしまうんだとか」

「ふーん、なんだかそれ、あれみたいね」

「あれ?」

「ほら、口裂け女。たしかあれも、なにかを唱えれば、いなくなるんでしょ?」

「ああ、なんだっけ、トマトじゃなくて、コラーゲンじゃなくて」

「スタートでもマスタードでもなく」


 答えが見つからないのか、しばらく沈黙が続く。


「……ポマード」


 わたしのつぶやきに、小山内さんと水橋さんが同時にこちらを向いた。


 すぐにうつむいて、わたしは二人から目をそらす。


「そうそう、ポマード。夜野目ちゃん、さすがやよ」

「よく知ってたね。夜野目さんて、そういうのにくわしいの?」

「えっと、い、いやぁ、そんなことは」


 うつむいたまま、わたしは中途半端な笑みを浮かべた。中途半端になってしまうのは、笑うのに慣れてないから。


 あぁ、変なヤツって思われた。普段話さないくせに、口裂け女の話題には参加するヤツ。わたしだったらそんなクラスメイトはイヤだ。


「あ! そういうのにくわしい、といえばやよ!」


 水橋さんがひざをたたく。


「まだ話してないウワサがあった。霊とか妖怪とか、そういうのにくわしいイケメンがいるんやよ」

「ほう」


 相づちをうつ小山内さんは、アグリさんのときより断然乗り気。


「たしか、一年上の先輩。超絶イケメンだけど、かなり変人だって話やよ」

「そりゃ、霊とか妖怪が好きなら、多少は変人でしょうね」

「いや、聞いたところによると、単純に好きって感じではないっぽいんやよ」

「うん?」

「ウワサだから、その辺があいまいで。霊とか妖怪が好きってウワサもあれば、逆に毛嫌いしてるってウワサもあって」

「嫌いなのに、どうしてくわしいのよ」

「嫌いだからこそ、やよ。嫌いだからこそ、退治するために、くわしくなったんだとか。だって、そのイケメン先輩のアダ名、〝怪異潰し〟やよ?」

「怪異潰し……」

「そのほかに、祓い屋とか呪術解除師マジックキャンセラーとも呼ばれてるし、反対に妖怪王子とかオカルトマニアとも呼ばれてるやよ」


 潰しに祓い、王子にマニア。好きなのか、嫌いなのか。


「祓い屋? 王子? ねえ、それって実在する先輩?」

「だから、ウワサやよ。オカルトがらみの事件に巻きこまれたら、イケメンの先輩が助けてくれるってウワサ」

「なぁーんだ」


 小山内さんが肩を落とした。


みどり、ガッカリしたやよ?」

「したした。結局、アグリさんと同じ、根も葉もないウワサなのね」

「イケメンだから華はあるやよ」

「実在しなきゃ、意味ないわ」


 根も葉もない、か。


 小山内さんはアグリさんをつくり話だと思っているんだ。たぶん、水橋さんも。


 根も葉もない、毒にも薬にもならない、そんな他愛もないウワサ話を、二人は楽しんでいるだけ。


 でも、わたしは知っている。


 この世には、根も葉もあるオカルトがあるってことを。火のないところに、煙は立たないってことを。


「うん? どうしたの夜野目さん」


 不思議そうに小山内さんがわたしを見ていた。いつの間にか、変な雰囲気を出してしまっていたらしい。


 いつの間にか変な雰囲気を出すのは、わたしの得意技だった。というか、ふつうの雰囲気を保つのが下手だ。


「……いえ、なんでも、ないです」


 そう言って、中途半端に笑う。


 笑うのも、下手。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る