第19話

甲本先輩の「合宿だ!」宣言から3日後。俺達は旺華寺、つまり慈円先輩の実家前に集合した。

その日までを俺がどう過ごしたかと言えば、親から振り込まれた生活費でやりくりしていた。

普段がそもそも脛かじりだが、額面で提示されると途端に面食らい早急にバイトを探そうと決意させられた出来事だった。この一夏分を自分の稼ぎで補填するというのが目下の目標になりそうである。

寺までの道は不安だったが迷わなかった。旺華寺はバス停留所にその名を冠しているからだ。実家が地域の目印になっているような知り合いはこれまでいなかったため、この時点でちょっと怖じ気づいていた。いや、香取ホールも停留所になってたか。改めてこのサークルメンバーの特異性を感じた。

バス停を降り数分歩くと、住宅街に紛れてすぐに門構えが見えてきた。表門の前は何度か通りすぎたことがあるが、中に入ることを意識して見上げると門の重厚な造りや奥行きの広さに圧倒された。


「よし、全員揃ったな。行くぞ。」


俺のと同じような緊張感があってか、先輩の声も普段の7割程度だ。

門をくぐると本堂まで石畳が伸びている。その手前で横並びになっているのが寺務所だ。


「ひとまず挨拶だな。」


甲本先輩は財布から小銭を準備した。あ、挨拶ってそっちね。それもそうか。数日間、こっちにおわす方にもお世話になるもんな。

寺だから鈴はない。全員で手を合わせた。お騒がせいたします、こんにちは。

振り返って右手の建物へ向かおうとして、その向かいが視界に入った。思わず足が止まった。

そうだ、ここは寺だ。大半の寺にはあのスペースがすぐそばにあるものだ。

本堂に向かう最中は正面しか見ておらず気付かなかった。この左側の光景に。


「安藤くん、どしたの。」


賽銭箱の横で固まる俺の視線を追って、あぁ、と香取先輩はニヤリと笑った。

茂手木も俺の様子を見てようやく" そこ "に気付いたらしく、同じように一瞬立ち止まった。


「こわい?」


先輩は珍しく黒に染められた髪をかき上げた。


「お墓!」


「違います。驚いただけで。」


不自然に早い返答になってしまった。本当に少し戸惑っただけなのに、これでは肯定しているようなものだ。

へぇ~とかふぅーんとか言いながらまだにこにこしている先輩の横をすり抜けて先に寺務所へ向かった。こちらにはインターホンが付いている。


「押しますよ!」


ボタンに触れたまま皆を振り返り急かした。すると声をかけた瞬間、背後で扉を開ける音がした。


「お、みんな来たね。」


軽く屈むように慈円先輩が玄関をくぐり抜けて来た。きっと何度もこの縁に頭をぶつけてきたんだろうな。


「この度はお世話になります。」


甲本先輩に続き、それぞれ頭を下げた。


「いらっしゃい。暑い中、大変だったろ。先輩の家じゃあまり気が休まらないかもしれないけど、ゆっくり過ごしてくれ。」


「いえ、そんな。毎年すみません。ありがとうございます。」


「お邪魔しまーす!」


外観は本堂同様に古い造りに見えたが中はとても涼しく、部室棟のあの部屋に雰囲気が似ている気がした。先輩の作品らしき書が飾ってあったことも理由のひとつかもしれない。

脱いだ靴をそれぞれがきちんと並べて上がっていき、板張りの廊下を左へ通された。

右にも長い廊下が続いていて事務所然とした人工的な扉がいくつか並んでいる。


「そっち曲がると本堂につながってるんだよ。こっちが俺たちの住居スペース。」


列の先頭から慈円先輩が手招きしていた。俺もならって最後尾につく。


「香取くんの黒髪はこの時期にしか見られない風物詩みたいになってきたね。」


歩き始めた慈円先輩が振り返った。


「さっき待ち合わせにいらした時、誰か分かりませんでした。」


茂手木は香取先輩の後頭部をまじまじ眺めながら言った。


「だって、ご住職に会うかもしれないからさ。」


「父が不在だからこの時期に来てもらったんだけどね。それにそのままで大丈夫だっていつも言ってるじゃないか。」


「念のためっすよ!

変な後輩と付き合ってると思われたら、慈円さんに悪いし。」


春から既に3パターンほど髪色を見てきたがどれも派手な明るい色で、初めて目にする「そうじゃない」色の理由が礼儀というか、相手への気遣いからだったとは。


「香取先輩ちゃんとした人だったんですね…。」


「ひどくね?俺のことどんな風に思ってんの。そういうこと言うなら言っちゃお。

慈円さん聞いて、安藤くんがお墓怖いって!」


香取先輩は前ではなく、最後尾の俺を振り返りながらまたにやけた。


「だから違いますって。」


「…あ、そうかごめん。完全に言い忘れてた。あの、うん、うち寺だからさ…。ごめんね?」


今気付いたという顔で慈円先輩が振り向いた。


「いえ本当に大丈夫なんで!俺も失念してて、ほんの少し驚いただけです!」


ほんの、に力を入れて言い、香取先輩の方を睨んだ。



曲がり角を折れ、一番手前の障子の部屋に通された。


「はい、じゃあここで一休みしてて。俺お茶淹れてくるから。」


「僕たちも行きます!」


茂手木に腕を掴まれた。そんなに強く引かなくても行きますって。


「よし、では休憩後には、」


芝居がかって甲本先輩はそこで言葉を切った。


「掃除だ!!」

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