第二楽章、アンダンテ

夏生 夕

第1話

まったくだ。

まったくもって、寝覚めが悪い。



ピンポーン、と軽やかな響きに意識がだんだんと引き戻される。

申し訳程度のBGMを掻き消した呼び出し音に、奥から店員が眠そうに出てきた。

ゆっくりゆっくり瞬きを繰り返すと、ようやく明るさに目が慣れてくる。

一晩中エアコンも明かりもつきっぱなしなファミレスは、やはり睡眠環境としては不適切らしい。季節に似合わずじっとりと汗をかいた額をぬぐう。

硬めソファに腰は軋み、頭蓋の重さに負けてもたげた首は伸びきってしまった。頭とれそう。

いででででで…と呟き大きな伸びをすると余計に腰が痛い。


着たままのアウターを脱ごうと身をよじるが腕時計が袖に引っ掛かって上手くいかず、諦めて外した時計は午前3時前を示している。

痛めた体に響かないよう、もたもた、ようやくひっぺがしたアウターが今度は立て続けに震えた。ポケットに携帯を刺したままだ面倒くさい。

また四苦八苦して探り当てると画面ではサークルのグループメッセージがやりとりされている。

お前ら、元気だな。


それに混じって親からのメールや着歴が溜まっている。

20歳にもなろうという男子にこれは過保護すぎやしないか?まぁ何も連絡せず帰っていないのも少しは悪いが、この天気から状況の一端だけでも察してくれよと思う。


窓の外は大粒の雨と吹きつける北風ですごいことになっていた。寝ている間に多少は回復したようだが、まだ外に出ようと思えるほどではない。そもそも終電はとうに過ぎている。

どうせ今さら返信したって見ないだろう、放ることにする。

あなたたちの息子は無事、友人宅ですやすや寝ています。今夜は帰りません。とでも解釈してくれ。小言は明日聞く。


こうしているうちにも少しずつ溜まるグループメッセージを開く。

こんな時間に活動しているということは、あれだな。



『でも松田監督の中でも主人公とのパワーバランスが珍しいよな。』


『そう、二人が車に乗り込む場面でさぁ』


『わかる』


いやわからない。…なんだこれ?


我々「創作」サークルでは、定期的に映画観賞会を行っている。といっても、あれを食べながらでないとあのクッションがないとなど、それぞれの鑑賞スタイルが収拾つかないため、家なりなんなりで「せーのっ」と再生開始ボタンを押す " 間接的な " 観賞会だ。

上映中も、コメントの送り合いは始めこそすれ結局は見いってしまい、作品が終わってやっと感想を言い合うのがいつものゆるーい流れだ。



『あと、最後の教会にいた少年ってプロローグで登場してた子ですか?』


『だと思う。』


ははん、今日のお題は『湖水と明日』か。


「俺は、冒頭で流れたアリアが印象的でした。」

この作品なら以前、深夜放送で観たことがあった。


『アリアってなんだ、そんな女いたか。』


そうくるか。


『んな訳あるか、あれだろ、家飛び出すシーン?』


そうです。


『お前はほんと、サントラ掴むの好きな。内容の感想は?』


やー、まぁまぁでした。


『つまり、まぁまぁ良かったのな。』


まぁ…まぁそういうことです。


『素直じゃないな(笑)』



首を痛めるくらいなら、観ていれば良かったかな。

どっちにしろこの硬い椅子では長時間座るだけでバキバキである。不快指数で客の回転率を上げようとする、経営者側の呪いに違いない。


という話をしたことがあった。サークルの同期、というか自分をサークルに巻き込んだ張本人だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る