遠くの夜空に浮かぶ花

忍野木しか

遠くの夜空に浮かぶ花


 遠くの空に上がる花火。

 赤と青に光る夜の雲を見上げる柳瀬文香。

 小林智也は三ツ矢サイダーのキャップを捻った。弾ける泡の粒。夜道に響く細かな音。

「なぁ、もっと近くで見ないか?」

 冷たい炭酸水で喉を潤す智也。暗い空を照らす火の粉に目を細める。

 文香はやれやれと首を傾げた。

「あのね、花火の近くなんて、座る場所が無いくらいに人で溢れてるのよ?」

「別に、立ってればいいじゃん」

「よくないよ。立ちっぱなんて疲れるし、それに、うるさくて花火に集中出来ないもん」

「花火大会なんてうるさいもんでしょーが」

 智也はため息をついた。田んぼに囲まれた薄暗い農道。月の映る水面がカエルの声に揺れる。

 人混みが恋しい智也。静かな空間で二人きりのデートを好む文香とは違い、彼は騒がしい祭りの中で彼女と笑い合いたかった。

 夜の空を彩る花。オレンジと黄色の火が弾けて消える。

 うっとりと花火の光を見つめる文香は、そっと智也の手を握った。滑らかな肌。絡み付く生温かい指の先。

 智也の心臓が激しく鼓動する。文香の細い息遣いが、絡まる指を通して彼の耳元に伝わった。

「あ、のさ……」

「なーに?」

 夜空を見上げたまま微笑む文香。色を変える光に照らされる横顔。

 唾を飲み込む智也。文香の熱に焦がされる右手。細い指をギュッと握り返した智也は、花火を見上げた。幾千もの火の粉が無限の星に重なる。少し遅れて二人に届く空気の振動。

 花火はクライマックスを迎える。冷たい空気を激しく震わせる細い光の群。夜空に弾ける眩しい花びら。何色にも重なった火が、途絶えることなく二人に音を伝えた。

 汗ばむ手のひらの熱に強張る智也の身体。近くで見るよりも鮮明で壮大な花火に、彼は圧倒され続けた。

 やがて暗くなる空。音の消えた夜の世界に響く心臓の鼓動。

「良かったね?」

「あ、えっと、うん」

 ニッと笑う文香。智也の顔を下から覗き込んだ彼女は、汗の滲む指の先に力を込める。触れ合う息。震える髪。

 最後の花火が静かな星空を赤く照らした。

 同じ視点から夜に消えていく光を見上げる二人。

 静かなデートも悪くないな。

 微笑んだ智也は、文香の長い髪を撫でた。






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