くちびるに歌を持とうぜ!
大田康湖
1.ハイキング
1983年初夏。
「ちょっと待ってよ! そんなに早く行ったら離ればなれになっちゃうじゃない。ほら、もう
班長の
知絵はまた呼びかけた。
「ちょっと、あなた達、今どこを歩いているのかわかっているんでしょうね!」
すると、前の方から副班長の
「分かってるよ! 一度入り込んだらもう出られない、魔の青木が原樹海の遊歩道だろ! 」
「ちょっと、班長の命令が聞けないの! このハイキングは、みんなの団結力が強まるようにって計画したのに、これじゃ何にもならないじゃないの。元はといえば、わたしを選んだのはあなた達なのよ!」
「残念でした! そこにいる女子三人だって賛成だったじゃないか!」
「班員を忘れる班長がいるから、班がまとまらないんだよ!」
「もう、こんな班の班長なんていやになっちゃうわ」
知絵がつぶやきながら後ろを振り返ると、
「どうしたの」
知絵が尋ねると、昭美は耳元に口を近づけるようにしてささやいた。
「あたし、ちょっと……」
「トイレ!」
いつの間に来たのだろう。三人の男子がすぐ後ろに立っていた。
「トイレなら、ここから100メートルくらい前に道しるべがあったわよ」
今まで黙って知絵の話を聞いていた
「へぇー。それじゃ随分道草を食ってたんじゃないか」
哲弥が皮肉っぽく言う。
「折角来たんだから少しくらいのんびりしていってもいいじゃない、ね」
ゆかりはそばにいた
「あら、半田さんは?」
知絵が辺りを見回す。ゆかりが答えた。
「わたし達が問答している間にトイレに行っちゃったみたいよ」
「班長にことわりもしないで行くなんて、無責任だと思うわ」
知絵が半分あきれたように言ったその時。
「いいこと考えた!」
則之が急に手を叩いた。
「何だい何だい」
「早く教えろよ」
哲弥と秀夫がせき立てたので、則之は話し始めた。
「半田が帰ってくる前にあの森に隠れるんだ。そうすりゃ半田の奴、あわてるぜ」
「駄目!」
知絵が当たり前だと言わんばかりに叫んだ。
「ここがどこだか、あなたもう忘れたの」
「忘れちゃいないよ。ただちょっと隠れるだけさ。すぐ出てくるよ」
則之がそう言うと、哲弥が真っ先に声を上げた。
「さあみんな、行こうぜ!」
すると、則之も秀夫も後に続いて森の中に入ってしまった。
残された女子三人は、あっけにとられて男子三人を見送っていたが、やがて知絵が森の方へと歩き出した。
「仕方がないわ。行って連れ戻してくるしかないようね」
「あ、待って!」
ゆかりと奈緖子もあわてて知絵の後を追い、森の中へと入っていった。
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