14‥‥私と
父さんの財布からみつけた一枚のスナップ写真をみて、身震いした。
『れいかはパパだけのだよ♡』とちいさく書かれた文字のよこに、扇情的にこちらをみつめる顔写真。震えた唇が釣り上がるのを感じた。
写真を父親の財布の中に戻して、私は家を出る。
どうやらうまくいったようで、安心した。
私の計画が、ついに動きだす。
一週間前。
丹代なあさの想い人である
さっそく行動に移した私は、まず彼のSNSから写真を取り込み、コンビニで印刷。彼のSNSのIDをそれっぽく書いて、父さんのカバンに滑り込ませた。
そのまま興味もなく捨てられてしまう可能性もあったが、案の定、父さんは『れいか』ちゃんに会いに行ったようだった。夥しい数のレシートが、それを証明していた。
「後は、一線を越えてくれれば……」
不安は、杞憂に終わった。
父さんのスマホにあらかじめ入れておいた位置情報アプリを使って辿っていくと、二十メートル前方で、れいかちゃんと手を繋いで歩く父さんの姿を見つけた。
すかさずカメラにおさめ、後を追う。
「パパって意外と筋肉質なんですね~」
「ああ。一流のビジネスマンは筋トレを日課に加えているんだ。毎朝のジョギングから毎夜一時間の筋トレを、私はこの二十年間欠かしたことがない」
「わぁ、素敵です。こんな腕に抱かれてみたいな……♡」
実父が、わたしより年下の女装男子とイチャイチャする姿に、吐き気を通り越して笑いがこみ上げてきた。
後輩の想い人が、三十も年上のオッサン相手に媚を売ってラブホに入ってく姿をみたら、どう思うだろうか。
「それにしても、ずいぶん印象が変わるわね。女装していると人格が変わるのか、それともアルコールの有無か……ますます興味が湧いたわ」
それから数時間後。
ラブホに入る前より距離の近いふたりの後ろ姿をカメラに何枚もおさめ、近くのコンビニで印刷し百枚ほど刷って茶封筒に入れる。
「まさか、血の繋がった父が可愛い子ならだれでも構わない性欲の塊だったなんてね」
だが、それも仕方がない。
何故なら、誰がどう見ようとあのコは美少女で、あざとくて、身悶えするほどに可愛らしいから。
父と腕を組んで歩く玖楽くんの写真を見て、胸が熱くなる。
この疼きを、どうやって沈めようか。
否、どうすればこの疼きを止められる?
試しに写真を舐めてみたけれど、疼きはおさまるどころか増していって、たまらずふたりが入っていったラブホに侵入し、清掃のおばさんに、
「そのシーツください。いくらで売ってくれますか?」
「――え?」
「あ、枕カバーでもいいです。ここの部屋を使ってた女のコが触れたものならなんでもいいんです。使用済みの歯ブラシとかティッシュとか髪の毛とか落ちてませんか? もしかしてジャグジーにお湯貯めたままですか? 少しだけでいいので分けてもらえませんか?」
絶句したおばさんの「警察を呼びますよ」の一言で、私は逃げるようにラブホを後にした。
それから、私は毎日のように
学校終わりに丹代なあさとふたりで遊びに出かけ、別れた後に公衆トイレで着替えると、アプリでマッチングしていた年上のお姉さんとデート。一時間後にタクシーに乗って、お姉さんの家へと入っていった。帰りは十九時過ぎ。玄関前でディープキスをして、タクシーに乗り込んでいった。
母親の前、丹代なあさの前ですら見せない姿。
生まれてきた性別を間違っていると、私は七十億の人類を代表して伝えたかった。
ほぼ毎日のように中年親父やOLと寝て、たまに体育の岡部先生も混じっていて、面白半分にその写真を奥さん宛に郵送しておいた。後のことは知らない。
学生のくせに、大卒サラリーマンの倍以上にお金を稼いでいる彼は、自身のスマホ代や授業料、母親の借金から家賃までをも負担しているようだった。
残ったわずかなお金で、中古のゲームソフトを買って週に二日ある休みで遊ぶ。それが彼のルーティン。
彼の部屋が良く見える真横のアパートの一室から、コントローラー片手にはしゃぐ玖楽くんの後ろ姿を双眼鏡で覗いていたら、よだれが垂れてきた。
彼の笑顔がかわいい。負けて拗ねる表情もたまらない。深夜、ベッドのうえで一人慰めているときの表情なんて萌え死ぬかとおもった。
「かわいいなぁ。かわいいなぁ。養ってあげたい、一生そばにいたい。耳の穴に舌をねじこみたいなぁ」
彼にとって、どちらがほんとうの姿なのか。
そんなこと、どうでもよくなるぐらいには玖楽くんに夢中だった。
『――あ、部長。いま大丈夫ですか?』
「ごめんなさい。ぜんぜん大丈夫じゃないわ。今とてもいいところなの」
『へぇ、なにしてるんですか?』
「ねえ丹代さん。恋愛って、複雑でいて卑劣よね」
『……なんの話かわかりませんが、部長に好かれる男性がかわいそうです』
「よく言うわね。丹代さんにだけは言われたくなかったのだけれど」
スピーカーの向こうで、丹代なあさが苦笑した。
『そんなのどうでもいいじゃないですか。人の恋愛に口だしするのはよろしくないっていうの、女子の間では暗黙の了解ですよ』
「ええ、そうよね。まったくそのとおり。……それで、どうしたの丹代さん。いまとてつもなく忙しいから、手短にお願いしたいのだけれど」
『我慢できなくなったので、今から玖楽くんの家に行こうと思うんですが、お土産なら和菓子と洋菓子どっちがいいですかね? あ、心配しなくてもゴムは持ってるから大丈夫です! 0.01ですよ! すっごい薄いんです! でもちょっとベタベタしてます!』
なにが大丈夫なの?
ぜんぜん大丈夫ではないのだけれど。
ギリっと奥歯を噛み、手元にあったエアコンのリモコンを壁に向かって投げつけた。
『なんかすごい音聞こえたんですけど、大丈夫ですか?』
「ごめんなさい、ちょっと兄が……。そうね、わたしなら洋菓子を買っていくわ。カステラとか」
『なるほど、カステラですか。いいですね、ちょうど手元にありましたしこれにします。ありがとうございました、部長』
「――ッのヤロウ……!!」
スマホを床に叩きつけて、枕を何度もなんども踏みつけた。
これから、あの神聖な領域に私以外の女が踏み入れる。
――そんなこと、あってはならない。
「あっては、ならないでしょ……」
スマホをひろって、体育教師の岡部に電話をかける。
ぜったいに行かせない。玖楽くんは、私が守る。
私が。
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