ヤンデレに飼われた僕は、キミに溺れ堕ちる。〜さイけでリっく〜
肩メロン社長
01‥‥僕と先輩。
新学期早々、ボクの女装写真が校内にばら撒かれるという事件のおかげですっかり孤立してしまった僕は、授業をサボってふらふらと歩き回っていた。
警察に補導されるのも嫌なので、徘徊している場所は学校の周囲。
ちょうど今、三週を終えたところだった。
校門の前。私立星鳴高校。
無防備に開かれた門の前で一歩も踏み出すことができず、ただ眼前のお城のような校舎を見つめ続けた。
べつに虐められているワケではない。
学校が嫌いというワケでもなければ、今の席に不満を持っているワケでもない。
ただ、一つ。
スタートダッシュを挫かれた。
僕が女装している写真を、何者かによってばら撒かれたから。
他人からしてみればその程度で……なんて思われるかもしれないけれど、僕にとっては、その程度で十分に致命的だった。
神経質なのだろうか。いや、そんなことはない。誰だって女装写真をばら撒かれたら、嫌な思いをするだろうし登校拒否だってしたくなる。今までひた隠しにしていた秘密ならば、尚更。
「……はぁ。帰ろっかな」
頭が痛くなってきた。なんだか気分も悪い。
大変不本意だけれど、早退するとしよう。
三日連続で休んだからといって、留年や退学をするワケではないし。授業よりも、自分の幸福度の方が大切だ。と、校門の前まで来て帰ろうとする僕が気になったのか、唐突に後ろから声をかけられた。
「入らないの?」
内心ビクつきながら、平静を装って声の主に苦笑いを浮かべた。
彼女は、中学生と見紛う幼い容姿をしていた。
「体調不良? それともただの不良?」
「い、いえ、ちょっと気分が……」
「 ふぅん……?」
どうでもよさそうに鼻を鳴らして、クマが浮かび上がった目を擦る。
学年を表すネクタイの色は赤。
つまり、彼女は僕の一つ上――三年生というワケだ。
背中にかかった黒髪は綺麗なウェーブを描き、微風に揺られている。目の下のクマが台無しにしているけれど、とても可愛らしい先輩だ。身長も小さくて、百六十センチのボクよりも頭一個分ちいさい。
「じゃ、もう帰るんだ?」
「は、はい。か、帰ります」
母親以外の人間と三日間ぶりの会話というだけで、いやに緊張してしまう。それとも、三年生の彼女が、僕の女装写真を知っていたらと勘繰っているのか。
胃の辺りがきゅっと締め付けられた。
「ふぅん――ならちょっと付き合ってよ。そこまで」
「え?」
僕の話を聞いていたのだろうか。
耳を疑う僕を他所に、彼女は校門に背を向けて歩き始めた。
スタスタと踵をこすりながら、ブレザーの代わりに着たパーカーのポケットに手を突っ込んだ先輩が、振り返る。
「コーヒー、奢るよ」
そう一言付け加えて、また歩き始めてしまった。
いや、そういう問題じゃない気がするんですけど。とは思いつつも、サボれる口実に彼女を利用しようと思った。
*
「何か食べる? オススメはフレンチトースト。オプションのソフトクリームに付けて食べると死んじゃうよ」
学校から十分ほどの距離にひっそりと建つ喫茶店。
四人掛けのテーブルに案内された僕に、名も知らぬ先輩はフレンチトーストを勧めてきた。
「け、結構……来てるんですか、ここに?」
「んー……まぁね。ここのコーヒーがうまいんだぁ。――さて、きょうはどのフレンチトーストにしようか」
変わらず眠そうな瞳で先輩はコーヒーを啜って、メニュー表とにらめっこをはじめた。
何故……僕は彼女に呼ばれたんだろうか。
もしかして、噂の変態を運よく見つけたから、罵るために連れてこられたのだろうか。
あり得る。暇そうだし。
そう考えると、心臓が打ち上げられた魚のように跳ねた。
店内は涼しいのに、顔は火照っている。
「ここのフレンチトーストを食べれば、そんな暗い顔は吹っ飛ぶよ」
その指摘に表情が強張る。
「そんなに暗い顔……してます?」
「うん、かなりね。真っ赤だし……マスター、注文いい?」
「………」
「――あ、ここはあたしの奢りだから気にしないで」
慣れた手つきで注文を済ませると、先輩は二杯目のコーヒーに口をつけた。
「い、いえ……ちゃんと自分の分は払いますから」
「あたしから誘っといて、しかも後輩に財布を出させるなんてことできないよ」
「で、でも……」
上下関係の前に、女のコに奢ってもらう男は情けないイメージしかない。
会って間もないどころか、名前すら知らない女の子なのだ。
そんな子に、奢ってもらうワケにはいかない。
僕の、男としての、なけなしのプライドだった。
「――ゆきだよ」
「え、雪?」
窓の向こう側に視線を投げて、景色を見渡す。
陽の光が当たらない路地裏には、当然ながら季節外れの雪など降ってはいなくて、柴犬を連れて散歩する老人の風景しかそこにはなかった。
「名前。あたしの」
「え? ――あ、名前……?」
雪ではなく、
先輩はカバンからメモ帳を取り出すと、そこにスラスラと自身の名前を書いた。
「名字は、小さいうさぎのお姫様って書いて
お伽噺を連想させる、なんともメルヘンチックな名前。
けれど、その幼い容姿に比例して違和感は感じない。
首元にぶら下げたヘッドホンがやや近代風だけれど。
「キミは?」
「あ、僕は
「玖楽後輩か。あたしのことはゆきちゃん先輩とでも呼んでくれ」
「……ゆき先輩、でいいですか?」
「ゆきちゃん先輩とでも呼んでくれ」
「ゆ……ゆきちゃん先輩……っ」
要望通りに名を呼んでみると、ゆきちゃん先輩は満足気にうなずいた。
もしかして、この人は後輩全員にゆきちゃん先輩などと呼ばせているのだろうか。
それから程なくして、注文したフレンチートストがやってきた。
食欲をそそられるハニーの匂いに、きらきら光るシナモン。
四角に切り取られたとろとろのトースト。甘いもの好きにはたまらない逸品だった。
「近頃はパンケーキが流行ってるけどね。あたしは昔っからフレンチトーストに恋してるのさ」
「は、はあ……。でも、とても美味しそうです」
「美味しいよ。とても。嫌なことが吹き飛んじゃうくらいには」
フレンチトーストを切り分けながら、僕に笑いかける先輩。
あどけない微笑だった。
とても年上には見えないけれど、包容力があって、温かみのある人なんだなと、僕の中で評価が爆上がりした。
「んんっ、うまっ――眠気が吹き飛んでいくよ……これできょうも徹夜ができる」
アイスクリームの器をトーストの上でひっくり返し、雑にアイスを乗っけた先輩はフォークとナイフを器用に使ってトーストを頬張った。
*
「――んじゃ、またね。玖楽後輩」
フレンチトーストを食べ終えた僕たちは、それから人気のない公園でぶらぶらしたり古本屋に入って立ち読みしたりして、時間を潰した。
またきょうもサボってしまったという罪悪感をかき消すように、ゆき先輩と色々な話をした。
ゆき先輩はRPGよりFPSが好きで、ギャルゲーを並行しながら毎日消化している――とか。
今期のアニメは不作だった――とか。
あのギャルゲーがアニメ化するから、とても楽しみだ――とか。
ゆき先輩は、話すのも上手だけど、聞くのも上手だった。
彼女と一緒にいると、あっという間に時間が過ぎていく。
「あ、あの、先輩……一つ、訊いてもいいですか?」
別れ道。
夕暮れに向かって歩き始めた先輩の背に、兼ねてから気になっていたことを訊いてみた。
「どうして……先輩は、僕に付き合ってくれたんですか?」
問いかけに、先輩は困ったように笑った。
「付き合わせたのはあたしだよ」
「そ、それは……確かにそうですけど。じゃ、じゃあ……どうして僕を、喫茶店に連れてきてくれたんですか?」
「あたしも、サボりたかったから。ギリギリまで悩んでたんだよ。きょうはサボろうか、いいやがんばって授業を受けようか、ってね。そこに――」
まっすぐ……僕の目を捉えて、ゆき先輩は微笑を湛えた。
「キミがあたしの前に現れたんだ、玖楽後輩。シンプルな答えだろう?」
それだけ言うと、ゆき先輩はパーカーのポケットに手を突っ込んで歩きはじめた。
それからしばらく僕は、その場から動けず、遠ざかっていくゆき先輩の背を見つめていた。
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