HOMESICK

ぜろ

Prologue…原罪

 願いは叶えるためにあると言うのは本当ですか?



 本当ならば、叶えさせてください。

 願いはたった一つです。大したコトではありません。



 ウチに、

 帰りたいんです。



 自分の家がどこにあるのかも解らないから。だから家に帰してください。そしたらどこが家なのかわかるから。自分がどこで彷徨っているのかも解らない、こんな冥闇の中では死んでしまいそう。息が詰まって、寂しくて、苦しくて。

 だからお願いです。願いを、叶えてください。





 星は、願いを叶えてくれますか?










「その果実ってさぁ……結局なんなの?」

「さぁ? そこまで書いてはいないけれど…一般論では、林檎だって言われてるね」

「ふぅん…」

 首を傾げるあたし。今まで通り読書に戻る義兄。

 あたしは首をかしげながらも結局日当たりがいい眠気を誘う机にうつ伏せ———今まで通り、居眠りの体勢に入った。



 林檎が罪の果実だと言うのなら、人間の心理としては……取り繕うためにその果実を封印するのが普通だろう。でも人間は、いまだにその果実を食している。……そんなんは、おかしいな。

 罪としている……人はけして食べてはいけない……。

 ボーっとした頭で、食べることや罪の云々を考えていると、

 ソレはまるで、

 人が人を食らうことかもしれない……とか……思っていた。



 一応十代前半と中盤の間の時間を身長共々チクタクゆっくりゆったり進んでいるあたしは現在の語り手で、イルという。本名はいくつか別にあるけれど、こっちの愛称の方が性に合っていてあたし自身も気に入っているので、こちらに統一させてもらうよ。……さっきの義兄はジル、こっちも愛称なんだけれど……以下省略。



「ジルはさァ……リンゴ食べる?」

「食べるよ」

「罪の果実、とか、思わないの?」

「俺はね」

「何で?」

 あたしがさらに訊ねると、ジルは数ページも読み進められなかった本を閉じる。

「俺は今更その果実を食うのを止めた所で、楽園に行けるとは思わないし、行きたいとも思わない。でもハッキリ言うと気にしないっていうのが一番『らしい』言い方だよ」

 ジルはそう言う。あたしにはよく解らないから、取り敢えず傍らでレポート用紙と格闘をしているナルにも聞いてみた。

「ナルは? 罪の果実です、なーんて言われて差し出された物……食べる?」

「腹が減ってたら食う」

「あ・そ……」

 単純なその答えに、あたしはガックリと項垂れた。

「ヒト……だったとか」

「何が?」

 ジルはあたしの独白とも思えるような呟きに、そう疑問を投げかける。

「罪を感じるものって、結局は同じ人間に対してだけじゃん。大概の人間は虫を殺すのと同じ要領で人間を殺す事なんて出来ないから……」

 ボーっとした頭は、未だ半分ぐらい眠っている。でも、そっちの方がトンでもない考えに取りつかれやすい。ある種のトランス状態だから……真剣に考える時は、こっちの方が都合が良いのよね。

「一理、あるかもしれない」

 ジルは半分同意。

「でも、アダムとイヴの話だろ? イヴが食える人間はアダムだけじゃん、その後の話が繋がっていかねーよ」

 ナルの言う話っていうのは、楽園を追われた後の、アダム達の子供のこと。

「食った時にもうアダムの子供を……カインだっけ? あとアベル? いや、もちょっと下の年代だっけあいつらは……取り合えず子孫になる奴を身篭っていれば、問題ないと思うよ。ならムジュンしないでしょ?」

「まぁ、なぁ……」

 でも、ナルはまだ納得がいかなそうに考えこんでいた。

「罪と言うなら罪らしく、だよ。たかが果実一つだもん、大体にして食べられたくないのならさっさと始末すればよかったんだよ、神様だって。とか考えると……いかに妙なものかって思い知らされるね、世界のベストセラーもさ。試していたのかもしれないね、二人が約束を守れるか。となると芥川版の杜子春にも通じるものがある……」



 あたしはウンッっと背伸びをする。

 知恵の実を食べた、なんてのは口実だったとか。

 そんな事を考えていたら、ノアの一族が生き残るべく選ばれたのは神を盲目的に崇拝するばかりの愚者だったからとか、カインがアベルを殺したんじゃなくアベルがカインを殺してて、神はソレを隠すためにアベルをカインにしたてた、とかの変な考え方もアリだわね…実際その後のカインは笑っちゃうぐらい幸せ街道まっしぐらしてるんだもの。

 …神様はこんなにも理不尽だし、神の子だって厄介がられて処刑されたんだから、必ずしも正しかったわけじゃなさそうだ。

「天国に行きたくないって言うんなら、ジルは現実に満足してるんだ?」

「ゼンゼン」

「へ?」

「満たされていると感じてる奴は世界中に一人もいないよ、イル。そして俺達も『そう』だったから今みたいになっている。すべてが満たされるとしたら……死ぬ時だけで良い。俺の場合は、ね」

「イルがそんなこと真面目に考えるなんて珍しいな。だが、『らしく』ないことをすれば今までのスタンスを崩すことになる。崩したら——」

「アウトか」

「そ」

「アダムを食べたイヴ、敬虔なる愚者のノアに影武者のカインかぁ……ボーダーラインからあっち側の人間ってのは考えつくコトが既に妙なんだろうね。さーてっ、そろそろ帰ろっか? キョウちゃんだけお外に待たせちゃ可哀想だ」

 三人揃って席を立ち、外で待つ友人のいる総合玄関へと向かう。ジルのアドバイスを受けて完成したレポートを片手にナルは立ち上がった。



 原罪者の業を背負うのは、神だろうか……それともあたし達なのだろうか?

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