第百二十八話 上洛することになりました

鍋倉城建設現場 阿曽沼孫四郎


 本丸御殿と天守の骨組みが組み上がってきた。本丸に続いて二の丸の造成がそろそろ終わる。ここには鱒沢守綱叔父上の居館が、三の丸には宇夫方守儀叔父上の居館が置かれる予定だ。


 城下は来内川の内側に官庁と領内の武家屋敷と公家屋敷を置き、来内川の外側に足軽長屋や商人町に町人長屋を置く。街が大きくなってきていることから、そのうち警察を作って治安維持を図る。これには保安局の者を当て、俺の直轄としよう。国家警察に移行させたいがまずは鍋倉城下だけだな。あせらず広げていこう。


「というわけで父上、叔父上、そろそろ家法を設けては如何でしょうか?」


「家法とな?」


「は。大内や相模の伊勢では壁書をまとめた家法があると聞きます。領内での諍いに関しての取り決めを予め設けることで公正な裁きを下すためのものでございます」


「昨年から今年にかけて領地が広まったことも関係しているのか?」


「そのとおりでございます。いままでのように遠野のみが領地であれば、文字にせずとも問題はございませんでしたが、領地が増え、流民も多く入ってきているとなりますと、今まで通りの判定では不満が出るやもしれませぬ」


「それで、その判定の拠り所となる法度を作るということか」


「左様にございます」


「そういうことならば大内に人を遣りたいのう」


 鱒沢の叔父上がポツリとこぼす。


「しかしな守綱よ。我らは大内とのつながりはなにもないぞ」


 そうなのだ。人を送りたいがこちらは陸奥の小領主に過ぎない。中国や九州にまたがる大大名たる大内がこちらの要望を聞いてくれるかもわからん。


「兄上、つながりが無いのなら作ればよいのです」


「しかし我らには西国のように豊かな土地はないぞ?」


「なにを言っとるのです。先日手に入れたでしょう」


 そんな豊かな土地を手に入れた覚えはない。まだ鉄も銅もセメントもないしな。


「蝦夷錦があるではないか」


 ああ蝦夷錦か。しかし明と貿易している大内ならあれと似たようなものは持っているのではないだろうか。


「ふむ。まあ贈り物が気に入るかどうかはともかく誼を交わすのは悪いことではあるまい」


 これは思ってもいない話になってきたな。


「それでな神童よ」


「はい」


「そなた大内に行って来てくれんかな」


「は?」


「それは良いな。ついでに京に言って公方様と四条様にも付け届けして参れ」


 まじか。いやこの遠野から出て見聞を広められるのは有り難いのだけど。


「お待ちくだされ」


 と思ったら今まで黙っていた母上から待ったがかかる。


「どうした梢」


「どうしたもこうしたもございませぬ。葛屋の話でもありましたが、京は危険なところだそうではないですか!そのようなところに我が子をやるなど!」


「しかしな、獅子は我が子を千尋の谷に落とすというではないか」


「しかしもおかしもありませぬ!」


 このまま母上が勝ってしまっては困るな。


「母上のお心遣い痛み入りまする。しかし某とて武家の子。物心がついたその日から死ぬ覚悟はできておりまする。それにこれは日頃お世話になっている四条様へのお礼を申し上げる良い機会でございます」


「そうは言ってもそなたはまだ数えで七つ。年頃にしては随分と大きいですが、まだまだ童なのですよ!」


 その後も喧々諤々にやり合い、最終的に鱒沢の叔父上から「櫛と菓子を土産に買ってくること」という案が母上に受け入れられ上方と山口へ旅立てることになった。お菓子よりも俺の命は安いのかとも思うが、まあヨシとしよう。


 旅費は葛屋に売っていた紙などの益が思った以上に有ったのでなんとかなりそうだ。献上品は一粒金丹と干鮭に昆布などの海産物と僅かだが取れる砂金を包んでいる。これは四条様宛と大内義興宛、そして幕府への献上品として三揃え用意する。


「ええー!若様が京に行くの!?ずるい!私も行きたいのに!」


 旅支度を始めていると雪が飛び込んでくるや捲し立てる。


「これこれ雪や若様を困らせてはならぬ。これは殿からの命で遊びに行くわけでは無いのだ」


「何言ってるのよ!父様だって若様の護衛として京に上れるってウキウキだったじゃない!」


「こ、これ雪!なにを言っておる!」


 そうなのか。清之が呼び出されて父上から命じられたときは神妙な面持ちだったというのにな。


「護衛といえば。左近いるか」


「ここに。某も陰ながら道中お守り申し上げます」


 どこから現れたのか、すっと左近が近寄ってくる。あとは葛屋とその丁稚達となぜか守儀叔父上と田代三喜殿が一緒に上京するそうだ。


「神童殿よ、こんな面白そうなこと、この俺が見逃すわけがなかろう」


 そうでした。守儀叔父上はそういう方でした。周辺の諸侯も戦や戦後処理で慌ただしく出番がなさそうだということで護衛も兼ねてということだそうだ。三喜殿はよくわからん。

 あと意外なことに大宮様が久しぶりに家族に会いたいと言うことでこの機に一緒に上洛なさるそうだ。なので今回は大宮官務家の付添での上洛ということを名目とする。


「わりと居心地がいいでな。遠野に家族もよぼか思うてな」


 と言うことを先日仰っておられた。大宮様は算学書の翻訳をかなりお手伝い頂いたので厚遇している。そのこともあって居心地が良いのかもしれん。


「雪、いずれ京に連れて行く故、此度は堪忍してくれ」


「むぅ。絶対ですよ」


「わかってるって」


 膨れる頬を潰して更に怒られながら支度を終え、附馬牛の東禅寺でお祓いをして貰い、上洛の途につく。


「この時代の京か。どんなとこだろうな」

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