第八十九話 弥太郎の大槌行き 肆
大槌城 弥太郎
翌朝、二日酔いは無い。飲み方をコントロールするのは大人のたしなみだ。しかし一緒に飲んでたやつらも二日酔いしてないな。煽るように飲んでいたくせにどういう肝臓してるんだろうね。
皆起きて青い顔をしながら井戸に向かっている。少し腹に物を入れると、だんだんしゃっきりした顔つきに為り、海を見るため城をでて大槌川を渡り安渡にはいる。
「孫八郎様、遠野でもそうですが、橋がないと言うのは不便ですな」
「たまにある橋は板を渡しているだけだからな」
「若様が居られたらこう言うでしょうな」
「「橋を作るか」」
「大きな川なら渡しを使う、小川なら浅瀬を渡るのが普通だからな。そうだね、大槌の橋と街道整備は少しずつやっていくので予算の援助を依頼してくれ」
今のうちから少しずつ道路改良を進めれば、工業国のくせにゴミみたいな道路事情とか言われなくなるだろう。しかし予算獲得の嘆願か、快く出してくれるとは思うが、若様のことだから遠野にも橋を作るとか言い出しそうだな。ゆっくり歩いて二刻ほどで筋山の頂上に着く。いくらか木の枝をおとせば眺望が開けて太平洋が見える。
「わぁ!」
小菊が感嘆を上げる。正面に太平洋、右手に御箱崎(おはこざき)がのびる。
「これはなかなか」
良い景色だ。
「この海を二千里いけば向こう岸に行けるのですか」
「そうだ。それに言ったとおり少し丸くなっているだろう?」
「はい。少し孤をえがいておりますね」
孫八郎様がよってくる。
「なるほど、地球の丸さを理解させるためでしたか」
「ちきゅう?というのですか?」
「ああ、なんでもこの地は球のように丸くなっているから地球というらしい」
孫八郎様の言葉に小菊が感動したようだ。
「なるほど…地球…」
「若様が言うにはこの地球も空に浮かぶ日や月と同じように虚空を漂っているらしい」
おっと小菊がびっくりして顎が大きく開いてしまったぞ。
「孫八郎様、旦那様、どうやって虚空に浮かんでいるのでしょうか?他の星々についてもっと知りたいです!」
おやおや知識欲に火が付いてしまったようだ。しかしガラスがないからレンズも作れない。そもそも俺も孫八郎様も若様も一郎も手一杯だ。
「小菊、南蛮には透明な玻璃を組み合わせた遠めがねという物があるそうだ。それを使うと星も見られるようだ。それでよく星を観察すればそのうち分かるようになるかもしれない」
「玻璃はどうやって作るのでしょうか?」
「俺はしらん。遠野に帰ったら若様に聞いてみよう」
平安時代まではガラスの器が有ったそうだし、どこかに製造法が書かれた書物が有るかもしれない。
◇
浜田邸 阿曽沼孫四郎
弥太郎達が物見遊山している同時刻。
「若様、ご勉学の所恐れ入ります。急ぎ御耳に入れたい議がございます」
「左近か、どうした?」
丁度書の時間で清之の目が気になるようだ。
「清之、雪、すまんが少し席を離れさせてもらうぞ」
一言詫びをいれ城外の麦まき前の畑を歩く。
「で、どうした」
「南部が当家に攻め寄せるとの噂が」
なんだと!千葉らとやり合うのでさえ単独では困難と言うのに寄りによって南部に目をつけられたか。
「不味いな。しかしなぜ目をつけられた?」
「近年の当家の豊作具合と紙や水車と言った技術、地下人とはいえ公家を受け入れた財力が目に付いたようです」
情報の拡散までもう少し時間があると思っていたが。
「このまま向こうの出方を待っていては」
「まず間違いなく滅ぼされるでしょう」
百年早い阿曽沼滅亡と言うわけか、折角転生したのにまだ六年しか生きてないぞ。せめて俺が元服する頃まで待ってくれれば鉄砲か大砲か用意できたものを。現時点では普通に争っても勝てる見込みは万に一つも無い。
「そうか、正攻法にこだわる必要も無かったな」
「若様?」
「千葉や熊谷相手に行う予定の破壊工作だが、全力で南部にやる。火薬はありったけ使って良い」
聖寿寺館(しょうじゅじだて)というのがこの時代の三戸南部の居館だそうだ。麓の街もろとも灰燼にしてしまえば攻めてこようなどと思わなくなるだろう。
「その前に八戸南部と蠣崎、それに安東が結託して三戸南部に対抗しようとしているとの噂も流してやれ」
「ははっ」
「ところで南部にはどこまで浸透できているか?」
「数名、飯炊きを潜り込ませてございます」
大変よろしい。優秀な部下を持てて幸せです。
「飯炊きが始まった頃を見計らっててつはうを投げ込め。火がある程度付いたら荏胡麻油を流し込め。騒ぎになったら館に火をかけろ。館から逃げられぬよう井戸周囲と外から火をつけるのだぞ?三戸の民には申し訳ないが死んで貰う。それと守行様のご恩を忘れたわけではないが、館に居る南部の者は子女であろうと殺せ」
南部はそのうち対応が必要だと思っていたが早めにご退場いただける機会が来たかな。上手くいくとよいな。
下知を与えた後、父上への報告のため横田城に走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます