第六十四話 登り窯に火が入る
「さて、それでは窯に火を入れてみるか」
「早速焼くのか?」
「父上、まずは火を入れて乾かすのと、崩れるところがないかの確認からです」
なるほどなと父上がつぶやく。たしか登り窯では松の木が使われていたと聞くので、松の木を適当に割った束を用意する。パチパチっと薪が燃えていく。
「なかなか煙が出てこないな」
「上の方は熱くもございませんな」
もう少し薪を投入していく。しばらくすると煙が流れ出てきた。
「お、上手くいったか?」
二刻ほど薪を焚べ燃え尽きた後に、冷えたところで屈まずに入れる一郎が中を確認する。
「とりあえず崩れたところはなさそうです」
「ふむ、とりあえずは問題ないか。器など入れて焼いてみるか」
陶工などいないが、この日のために皆で思い思い土を捏ね器を作っていた。俺はとりあえずマグカップにしてみた。
「若様の取っ手付き湯呑は面白いですな」
「湯呑は熱くてたまらんからな。取っ手をつければ持ちやすかろう。清之、そなたのは茶碗か?」
「なにやら都の方では茶の湯というものがあるようでして。某も嗜んでみようかと」
なるほどな。この奥州では茶は栽培できんので買ってきてもらわないといかんのだよな。ああいや確か石巻あたりなら茶の栽培がされていたはず。このあたりでも年に一回くらいなら葉が採れるかもしれないな。いずれ考えてみよう。
「焼く物は入れ終わりましたので、そろそろ火を入れようと思います」
おおついに焼き物ができるのか。どんな物ができるか楽しみだな。とりあえず先ほどと同じ二刻火を入れてみたが表面が少し乾いたくらいで全く焼けていなかった。
「二刻では時間が足りないようですね」
「清之、窯はどれくらいの時間火を焚べるものなのだ?」
「どうでしたかな……一日掛けて炎の色が黄色くなるまで温度を上げ、そのまま二日間維持すると聞いたことはございます。」
どこで聞いたのかは知らんが、助かる。
「ということらしいので叔父上、薪が大量に必要そうです」
「うむ、そうだな。村のもの総出で薪拾いさせよう」
弥太郎と一郎に炎色が黄色くなるまで、焼き終わるまでの薪の消費量を記録を依頼する。
流石に二日も三日も張り付いてはいられない。なぜなら今は書の時間だからだ。今日は孫子だ。
「それでは今日からは孫子を始めましょう。まず計篇からですが」
孫子がいうには戦は国家の大事である。したがって兵の生死を分ける戦場や、国の存亡に関わる選択についてよくよく考えねばならんと。
国家運営は道・天・地・将・法の五事が基本という。
まず道は臣民が君子のもとで一つとし、それに疑いを持たぬようにせねばならないと。要は洗脳と教育だな。
次いで天は陰陽、気候、四季など己の力が及ばない領域だな。天体観測や気象観測などを進めて、前世ほどではないにせよ気象予報を行えるようになればいいな。
三つ目の地は距離や地形を把握すること。測量技術と器具の発達と地形踏破能力の向上が必要であるということだ。これはいずれ測量部を作って対応しよう。
四つ目の将は将軍の質ということなので、幹部教育が必要だな。前世の陸海軍の軋轢を減らすために陸海合同の士官学校を作りたいな。
最後の法は軍の編成や、各員の職権、将軍の指揮権などで明確な基準が望ましいだろう。
軍の優劣の判断基準として七計があり、敵と己を比較することが必要という。簡単には人心掌握や将の能力、天地の利、規律正しさ、強大さ、兵の質、公正さこれらを比べて優れたものが勝つという。戦の前にはどちらが勝つかというのは予測が可能だという。
紀元前の人間のくせに随分有益なことを言っているな。いや、紀元前から人の本質は変わっていないと言うことか。
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