第五十一話 大槌併合

横田城 阿曽沼孫四郎


「大槌孫三郎殿、それでは再びこの遠野に臣従したいと?」


「嶽波太郎と唐鍬崎史郎に呼応し、当家を裏切っておいてよくも抜け抜けと臣従を願い出て来られたものよな!」


 清之が吠える。珍しく感情むき出しだ。


「三河守、そう吠えてやるな。しかしまあどういった心境の変化か、聞かせて貰って良いか?」


 鱒沢の叔父上が清之をなだめる。他の者も今にも飛びかかりそうな殺気を漂わせている。


「はっ。まずご存じの通りわが地は食うに困る土地でございます。魚は捕れますが一度時化ればあっという間に食い物が無くなってしまいます」


「ほう、それで我らに食い物をねだろうと?」


「はっ。あのときも食い物が足りぬ故、唐崎共に食い物を融通されたからでございます」


 残念ながら遠野も大槌も食い物に余裕はない。なら買うか奪うかだが、融通されていたとはな。


「では、今回臣従を願い出てきたのは当家が食えるようになったからか」


「半分は」


「残りの半分はなんだ?」


 大槌孫三郎がこちらを見る。俺は何もしておらんぞ。


「そちらの利発そうな童が孫四郎様でございますか?」


「如何にも」


 俺の返答に孫三郎殿が平伏する。


「先日は我が倅、孫八郎がお世話になりました。孫八郎より、この遠野を豊かにされたのは孫四郎様と聞いております。なんでも神仏の使いだとか」


 確かに俺は神様の加護を貰っているが、そんな噂になっているのか。


「先日土産に頂いた天竺の薬、労咳のものに飲ませればたちまちのうちに止まりました。生憎先日死にましたが、一時とは言え安楽を与えられたことを領主として深く感謝いたします」


 そうか、死んだか。あくまで症状緩和なだけで治療薬では無いからな。治してやれればなお良かったのだが仕方が無い。


「あとは土産に頂いた燻製肉がですね、大変美味でして、あのような美味いも……ごほん。他にも春には里に花々が溢れると聞きまして、このような豊かな土地に変えられた孫四郎様にお仕えしたく参上仕りました」


 そうかベーコンが効いたか。他は嘘ではないだろうが本音は肉のうまさに負けたと言うことだろう。


「斯様に言っておりますが、御館様如何なさいましょう?」


「うむ、そうだな。臣従は認めよう」


 評定衆が声を荒げる。まあそうすんなり認められる訳はないのは当然だな。


「鎮まれ!ではまず孫三郎よ、まず嫡男の孫八郎に家督を譲りそなたは隠居し出家せよ。して孫三郎はしばらくこの遠野に住むこと。よいな」


「ははぁ!」


 こうして大槌は我が阿曽沼の土地となった。海が手に入り塩と、海藻からカリウム塩が得られるようになったわけだ。あと釜石の鉄もな。


「何はともあれ、大槌が我らが元に戻ったのだ!今宵は宴じゃ!」


 今までの殺気に満ちた空気が一変する。


「大槌めが我が方に降った。まあすぐに馴染むものではないだろうが、この俺の料理と共に不満や蟠り(わだかまり)を飲み込んでくれ!」


 宇夫方の叔父上が膳を運び入れる。


「今宵の膳は本膳に神童殿がもたらした新米の飯に鯰のすり身汁、膾に大根と人参の酢和え、坪に里芋の煮物、香の物として大根葉の浅漬けを作っておる」


 早速芋の煮っ転がしがでてきたか。出汁と醤油がしみこんだ芋は美味いんだよな。とりあえず畑に植えたらそれなりにできたので馬鈴薯が来るまではこいつに頼ろう。


「二の膳にはまず猪肉と里芋の味噌汁、平に雉の醤油煮、猪口には蒟蒻の酢味噌和えだ」


 豚汁か!これは美味そうだ!


「最後に焼き物は鹿の燻製を炙ったものに麦で作ったせんべいだ。存分に召し上がられよ!」


 こういう時くらいしか肉は出てこないからなぁ。ありがたい!しかもビスケット付きか!やったぜ!


「よし、それでは遠野郷のさらなる繁栄を祈念する。みなよく食え!」


 おおー!皆満面の笑みで飯を食っていく。


「おお!この新しい米はまっことうまいですな!」


「この芋というものも旨うございます!」


「猪肉と芋の汁もこれは美味い!」


 大槌孫三郎がぽかんとしている。


「こんな馳走を皆様召し上がるのですか?」


「まさか。こんな馳走は初めてよ。この鹿肉を食べてみられるがいい。美味ですぞ」


「浜田三河守清之殿でしたな。確かに、土産に頂いた猪肉に比べればあっさりしておりますが旨味は引けを取りませぬな。それになんと言ってもこの米。一体こんな米はどこで手に入れられたのですか?」


 清之が一呼吸置いて。


「これは若様が神様より授かったものだ」


「なんと!では孫八郎めが申しておりましたが、孫四郎様は神仏の使いというのは本当にございましたか」


 亀の尾は転生の際に餞別として貰っただけなんだがな。神様の使いと言うほどではないだろう。


「倅の孫八郎も孫四郎様に仕えたいと申しておりました。どうぞ我が息子と大槌をよろしくお願い申し上げます」


「承知仕った。しかしこの場は賑やかな宴。そのような堅苦しい挨拶は不要でしょう。しっかり食べてくだされ」


 蕎麦の収穫が終わったら小麦の播種までに一度、大槌に行ってみるか。クッキー、美味いな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る