第四十九話 竈はあれどオーブンのなかったの不思議
横田城の近くの田んぼ 阿曽沼孫四郎
夏が終わりそろそろ稲刈りの時期になる。今年は充分暑くなったので稲穂もしっかり下がっている。
「うむ、今年は去年よりだいぶ良い出来だな」
「そうですな。今まで通り適当に植えたところは稗や雑草に負けているものがありますな。一方、間隔を一尺開けたところは草取りがしやすく、病気のものも少ないようです」
「ふむ。収穫が終わったら取れた米の重さを量ろう。それでよりはっきりするだろう」
今年は刈り取り機が数個できたので収穫にかかる時間がそれなりに削減できた。ここでも正条植えしたものの方が刈り取りの効率が良い。近くの民たちは来年から同じように植え付けてみるかと言い合っている。
稲穂の乾燥が終わり、脱穀しそれぞれ重さを量る。俵に詰めていくとばらばらの従来通りの植え付けのものと比べて五寸間隔で植えたものと一尺間隔のものはそれぞれ、一反当たり三俵、三俵半、三俵半と正条植えのものなら五寸と一尺間隔とで収穫量に差は無いと言う結果になった。
稲の刈り取りが終わったので高黍も収穫する。こちらも刈り取り機を使ったが重いのと茎が太いので鎌でかるほうが早いという少し残念な結果になった。
石臼のある水車小屋に高黍が積み上がる。石臼に収まるよう細かく刻んだら、石臼でゴリゴリ挽いていくと糖蜜が流れ出てくる。うん、甘い。
回収した糖蜜を樽に入れて、石灰をいれれば灰汁が沈殿していく。上澄みを柄杓で掬い、鍋にいれ火にかけていく。ある程度煮詰まったら今度はカラメルにならないよう湯煎で更に煮詰めていく。
「おお、なんかドロみたいなものが溜まってきた」
「あれが原料糖ね」
いつの間にか雪が隣に陣取っている。
「もう少し煮詰めたら遠心機の出番だが、弥太郎できてるか?」
「あーまあ低回転で小さいものでしたら」
あんまり元気がない。もしかして超遠心機とか作ろうとしてたのか?
「私としては1000rpmも出せないような低回転のものしかできないので甚だ不満でございますが、砂糖を取り出すだけならなんとかなるかもしれません」
低速のものでいいんだけどな……遠心機にいれてゆっくり遠心すると比重の差で糖と蜜に分離して来るので、分離した糖をあつめ風を当てて乾燥させる。残った蜜にはまだ分離できていない糖が残っているので、これにまた絞った糖蜜を加えて同じ工程を繰り返す。
「結構取れるものだな」
「余った蜜はどうするの?」
「昨年は父上、母上に叱られたから一度お伺いしよう。保存が難しいから最終的には麹を入れて酒にしてもいいと思う」
糖蜜から日本酒っぽいのってできるのだろうか?なんというか焼酎とかラムとかシードルみたいなのになりそうだな。
「若様、残ったこの絞り滓はどうされるので?」
「それらは馬の餌にしよう」
「まだほんのり甘みがありますぞ」
「とはいってももう取り出せないし。堆肥にするなら馬に食わせてもいいだろう」
試しに白星に与えてみたらえらい勢いで食べてたので多分大丈夫だろう。日本在来馬はわりと何でも食えるから飼いやすくていいな。
っと、そうだ。小麦粉に混ぜて焼けばクッキーぽくなるんではないか。オーブンはないからこれもまたいずれ作らないとな。オーブンを作るとしたら煙突と燃えないように石組みの壁が必要か。
「若様何やってるの?」
「小麦粉と糖蜜でクッキー作ろうと思ってな」
「オーブンないわよ?」
「そうなんだけどね。まあ仕方ないから平鍋で焼いていこう。」
清之と守儀叔父上も興味津々にこちらを見ている。焼け過ぎないよう薪は少なめで両面を焼いていけば完成。
「甘くて美味しい!」
「ほぉ。これは美味いな」
「麦の粉と糖を使った菓子か。これもまた俺の料理帳に加えておこう」
三者三様に頬張る。全部食べられるとまた怒られるのでさっさと父上と母上に献上する。もちろん砂糖も添えて。
「黒い砂糖ですが、五十貫ほど得られました。また残りの蜜を一部用いて、このような菓子を焼いてみましたので、ご賞味ください」
さくっと音を立てながら父上、母上がクッキーを頬張る。
「これは美味い!」
「ええ、こんなに甘いお菓子が作れるのですね」
「大変喜ばしいのですが、父上」
「うむ。一粒金丹以上にこれは狙われるな」
「暫くは秘匿するべきかと」
「それしかあるまい。こんなうまいものを食えないとは可哀想じゃのう」
紙なんか比べ物にならないほど高価な代物である砂糖は存在が知られたら、たちまち狙われるだろう。力をつけるまでは隠匿するしかない。
「まあ少し置いておいてくれ、宴などで用いよう」
「叔父上ならば漏れることもありますまいし、よろしいでしょうか?」
「よいぞ。儂も食いたいしな」
この時代に甘いものはあんまりないからやっぱ食べたいし褒美としては高級な部類になる。まあ砂糖は生産量増やさずに栽培技術と糖生産法の改良のみすすめるようにしよう。
「ところで父上」
「なんだ?」
「戸籍の方はどうなっておりましょうか?」
「うむ、この横田周辺はだいぶ出来上がってきたぞ」
「どれほど住んでいるので?」
「全部で五百人ほどだな」
「思ったより多いのですね」
この横田城を中心とした松崎で五百人、他の集落を合わせれば千人くらいにはなるか。年初の評定ではっきりするとのことだ。今秋の大槌との戦には間に合わないが、やむを得ない。
「そろそろ大鎚めが攻め寄るはずだからな。各々準備を怠らぬよう言い渡しておる」
いよいよ戦か。
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