第93話 救出

 扉の音に気付いて私は、ろくに動かない身体を何とか扉の方へと動かそうとする。


 くッぐぅぅ~~ッ!!

 あぁ、駄目か。

 ハハハ……もう、身体も動かない。


 一番近いものだと、壊れた機械だろう。

 私の身体の状態はまさしく壊れて起動、動作しない機械そのものだった。


 一体、誰が。

 メイド?


 確認が出来ない事で、何者が入ってきたのか分からない。

 メイドならまだ良い。

 拉致監禁されている事を知りながら黙認するどころか、憂さ晴らしで暴力を振るわれているのを黙って見ていて時折嘲笑してくる屑共だが直接手を出してこないだけまだ良い。


 そ、それとも……執事や、さ、さっきの男?


 執事や先程私を蹴り飛ばしてた男だった場合は最悪だ。

 多分貴族であり当主の息子なのだろうあの男は、私を蹴ってきた事から分かる通り女子だろうと容赦無く顔面を蹴ってくるゴミ屑野郎だ。

 そして、屋敷の執事の男共もメイド同様黙認する上に、最悪な事に息子に誘われて共に暴力を振るってきたのだ。

 まるで、日々のストレスを晴らすかの様に。


 い、嫌だ。

 もう、殴られたくない。

 蹴られたくない。


「ヒューーヒューーヒューーヒューー」


 窓も無い暗闇の中に監禁されて何日経過したのかも分からない。

 しかし、数日しか経過していないはず。

 そんな、数日足らずで私は続く暴力に心が耐えきれず奴等が来たと想像しただけで過呼吸を起こしてしまう程にトラウマを植え付けられてしまった。


『カッ、カッ、カッ』


 死角から、足音が近付いてくるのが聞こえた。

 私は、近付いてくる足音に心が恐怖心に侵蝕されてゆき過呼吸が更に酷くなり動かなかった筈の身体が恐怖からガタガタと震えてきた。


「グスッ、ヒック…」


 もう、止めてくれ。

 お願い許して。

 痛いのはもう嫌なんだ。

 皆の所へ帰りたい。


 心の中で、もう嫌だと祈りクラスメイト達の元へ帰りたいと願う。

 願った所で都合良く叶う等現実ではありえない。

 頭で理解していても、今の私にはただ必死に願う事しか出来なかった。


『カッ』


 足音が、背後で止まった。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 私の恐怖心も頂点に達し呼吸もまともに息を吸う事が出来なくなる。

 絶望と恐怖から少しでも逃れたくて、私は意味が無いと分かりながらも目を固くつむり外界からの情報を少しでも遮断して現実逃避しようとする。

 しかし、現実逃避は出来なかった。

 何故か。

 それは、背後に居る者に蹴り飛ばされたから。


「ぇ?」

「ごめんね」


 ではなく、優しく抱き起こされたからだ。

 何で、謝られたのか分からない。

 しかし、抱き起こされた事でようやく何者なのか見る事が出来る。

 聞こえた声からして女性。

 それも、かなり若そうな声だった。

 目を凝らしてその者を見る。


 やっぱり、メイド。


 メイドだった。

 しかし、予想とは違い顔立ち的に若い女性ではなく短髪で茶髪の三十路位の女性に見えた。

 そして、何故かメイドの顔はとても悲しみに満ちた表情していた。


 何で。


 何故メイドがそんな悲しそうな表情をしているのか疑問に感じる。

 私は、この疑問を解消しようと話し掛けようとした。

 だが、話し掛ける前に逆にメイドに話し掛けられた。


「これを飲んで」


 何処から出したのか分からないが、緑の液体が入った一本の小瓶を目の前に出された。

 この液体には見覚えがある


「かい、ふくや、く?」

「そう、回復薬。ゆっくりで良いから飲んで」


 やはり回復薬だったらしい。

 確かめたら本物で性能も良いっぽい。

 私は、メイドに頷いて飲む意思を示すと軽く口を開いた。


「??飲ませれば、良いの?」

「お、ねが、い」


 飲めるなら自分の手で飲む。

 しかし、今の私は両腕が骨折していて手が動かせないのだ。

 だから、変わりに飲ませてもらうしかない。


「分かった」


 口に小瓶の縁を軽く当てられ傾けられる。

 口の中に少しずつ流れてくる生暖かく苦味のある液体を私は、ゴクゴクとゆっくり飲んでいく。


「ゴクゴク……ふぅ」


 普通に飲めば一分も掛からない回復薬を数分も掛けて私は、何とか飲み干す事が出来た。

 正直飲んでいて口内、顎、喉、肋骨と至る所に鋭くも鈍い痛みが走って非常に辛かった。

 だが、今飲んだのはかなり性能の良い回復薬。

 全治は無理でも幾分は回復してマシになるだろう。

 その証拠に少しずつ身体の痛みが和らいできている。


「あり、がとう」


 私は、メイドにお礼を言った。

 多少治った所で、どうせ明日もあの屑息子に殴る蹴るの暴力を振るわれて今より酷い状態になる。

 それでも、一時的でも痛みが軽くなる事が嬉しく私はメイドに自然とお礼を言っていた。


「どういたしまして」


 メイドは私のお礼に「どういたしまして」と言って柔和に微笑んで返すと優しく私の頭を撫でてくれた。

 まるで壊れ物、大切な物を扱う様な優しい手つき。

 私は、痛みが和らいだ事とメイドの微笑み、撫でられる気持ち良さに心が安らぎ瞼が閉じていく。


「おやすみ」

「…」


 ここ数日の地獄の様な生活でボロボロになった私の精神は安らぎに一切抵抗する事なく自然と眠りにつくのだった。


 ※※※※※


 眠った彼女が目を覚まさない様に気を付けて抱いたまま立ち上がる。


「部屋から出るか」


 彼女を落とさない様に抱き直すと扉から部屋の外へと出ていく。

 部屋の外には何も無く暗闇が広がっており一本の階段があるのみ。

 その階段を私は、彼女を抱いたまま登っていく。

 暗闇の影響で、一見長階段に見えるが階段は非常に短く十数段も登ればあっさり最後の段になった。


「さて、ここからが問題か」


 私は、左右の通路を確認して周囲に人が居ないのを確かめる。

 通路に存在する部屋から人の居る気配はするが、部屋から出てくる事は無さそう。

 既に日が落ち始めて夜に差し掛かってきているので大半の者達が休息に入っているのだろう。


 これなら、見られる心配はないか?

 今のうちに。


 気配を潜めて早足に通路を歩いていく。

 本当は、走りたいが足音でバレる可能性もある。

 何より、腕の中で眠る彼女に走る振動で目を覚まして欲しくない。

 私は、そんな思いで少しでも早く抜けようと通路を歩いた。

 しかし、私の思いは早々に潰える。


「あ?」

「しまッ!」


 通り過ぎた部屋から執事服を着た男が出てきたのだ。既に姿を見られたので、隠れても意味がない。

 というより、そもそも通路に隠れられる場所自体ない。

 そして、通路の曲がり角までまだ距離がある。


「おい、そこのお前。何か抱えているが誰か怪我でもしたのか?手伝うぞ。……って、ソイツは!!」

「チッ!」


 彼女の顔を見られた。

 執事の反応からして確実にバレてしまった。

 私は、執事にこれ以上騒がれるのを止めようとする。

 しかし、両手が塞がって人一人抱えている今では思い通りに動く事は出来ず間に合わなかった。


「貴様!何故その女を抱えている!どこに連れていくつもりだ!!おい、待て!!」


 男の制止を無視。

 あの大声だ。

 確実に他の者にも聞こえた。

 間も無く他の使用人や警備兵辺りが駆け付けてくるだろう。

 今は、彼女を抱えているのだ。

 狭い通路で挟まれ攻撃でもされれば、彼女に攻撃が当たる可能性もある。

 なので、私は…………


「クソ!外だッ!!!メイドが、あの女を連れて逃げたぞ!!」


 窓を蹴破って外へと飛び降りた。

 振動を殺す様に着地したが、完全に殺せた訳ではない。

 それに、あの大声だ。

 彼女が目を覚ましてないのか確認する。


「良かった」


 余程身体が限界だったのだろう。

 彼女は、今も静かに寝息をたてながら眠っていた。

 私は、それを確認すると屋敷から離れようとする。

 しかし、仮にも貴族の屋敷。

 既に屋敷の入り口や裏から駆け付ける足音が幾つも聞こえてきた。


「早いな」


 後ろを振り返れば、数十の使用人や警備兵達の姿。

 手には剣や槍、弓矢、何かの魔道具らしき物まで握られている。

 私を殺してでも彼女を奪い返そうと思っていそうだ。

 そう考えていると、彼らの間から三人の男と女が前に出てきた。

 服装の華やかさからして当主と妻、息子だろう。


「おい、メイド。てめえ、そのゴミをどうするつもりだ!!」

「その家畜は私達が飼っているものですよ。勝手に連れ出さないでくださる?」

「息子と妻の言う通りだ。それは、我が家の所有物。メイドの分際で勝手な事をするな。分かったなら返せ。貴様には後で罰を与える。覚悟しろ。おい、あのメイドを捕らえろ」

「ハッ!」


 当主に命じられて一人の兵士が私の前に歩み出てくる。

 歩み出てきた兵士は、私の前に立つと私に対して話し掛けてきた。


「おい、何故こんな事を仕出かした」

「」

「おい!聞いてるのか!!」


 何も言葉を返してこない私に兵士の男は、苛立たしげに声を荒げ詰め寄ってくる。


「」


 だが、私が何かを答える事はなく黙ったまま。

 そんな私の態度に答える気はないと判断したのだろう。

 兵士の男は、訳を聞くのを諦めて私を捕らえる事にした。


「もう良い。お前を地下牢へつ」


「連れて行く」とでも言うつもりだったのだろうか?

 しかし、男がその言葉を言う事は無かった。

 何故なら…………


「」

『ブシャーー!!』


 言いきる前に頭部を吹き飛ばされたのだから。

 恐らく痛みすら感じる事なく死んだ事だろう。

 男の死体は、引き千切れた首の断面から鮮血を噴水の様に周囲に撒き散らしながらドサリと地面に倒れた。


「は?」

「なッ!?」

「キャーーー!!!」

『ッ!!?』


 あまりの一瞬の出来事にようやく何が起きたのか理解したようだ。

 当主と息子は、ただ理解しても目の前の出来事に納得しきれず妻は凄惨な光景に悲鳴をあげる。

 後ろに控える使用人や兵士達も目の前で無惨に殺された仕事仲間の姿に驚愕し息を飲んだ。


「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。ゴミだ?家畜だ?所有物だ?そんな訳がないだろ。彼女は、ゴミでも家畜でも所有物でもない。一人の人間だ。お前らの物何かじゃない。ふざけた事言ってんじゃねえよ下衆野郎共が」


 今の私が、どんな顔をしているのか分からない。

 ただ、糞野郎共の言葉を聞いていて目の前のゴミ共を人と見れなくなった位には感情が氷の様に冷めている。


「なっ!?貴様!主人に向かって何だその口の聞き方は!!お前ら何を突っ立っている!殺しても構わん!早くあのメイドを捕らえろ!!」

『ハ、ハッ!』


 ゴミの命令で使用人、兵士達が向かってくる。

 私は、そんな奴等に対して睨み付けた。


『ッ!!』


 瞬間、潰されると錯覚する程の威圧感が私と彼女以外のこの場の全ての者達へ襲い掛かり身体をその場に縛り付けた。


「な、何者だ。貴様、本当に、メイドか」

「メイドな訳ないだろ。やっと気付いたの?貴族の当主にしては随分と理解が遅いんだね」


 震えながらも声を絞り出したゴミの言葉を私は、あっさりと肯定。

 自身の本当の姿を明かした。


「は?……見た目が」

「一体……姿が、変わって」


 茶色の短い髪は、白髪、いや、白銀の美しい長髪に。

 三十路近い外見も十代の若い見た目へと変わりその瞳は鮮血の様に恐ろしく赤い。

 先程までその場に居た筈のメイドの姿は、まるで初めからそうだったかの様にまるで別人へと姿形を変えた。


「い、一体、貴様は、何者なんだ」

「私?」


 どうせ聞いても意味ないので無視しても良かった。

 しかし、最後なので聞かせてやる事にした。


「せめてもの土産に聞かせてやるよ。私の名前はアカリ。彼女の、宮本瀬莉の親友だ」


 私、アカリは、ゴミ共を鋭く睨み付けながらそう答えてやった。


「は?……親友?」


 思っていた答えと違ったのか、ゴミ共は私の威圧で恐怖に震えながらも疑問を浮かべる。

 しかし、コイツらの疑問等私にはどうでも良い。

 それに、そろそろ限界が近い。

 私は、瀬莉を近くの木の幹に寝かせると瀬莉の周囲を土属性魔法で壁を作り囲った。

 これから起こる事に対する万が一の安全の為だ。


「さてと、もう良いよね。ハァ~~~~………………本当、良くもまぁやってくれたなぁゴミ屑共が。私の大切な親友をあんなボロボロにしてくれやがって。覚悟は出来てんだろうな?」


 瀬莉は、見るに耐えない程にボロボロになっていた。

 あと数日でも遅ければ、きっと死んでいたに違いない。

 私の親友を殺そうとしたのだ。

 許せる筈がないだろう。

 絶対にただでは済まさない。

 もう、このまま見るも無惨にグチャグチャにブチ殺してやりたい。

 しかし、私のせめてもの優しさにコイツらに選択肢を用意してやる事にした。


「せめてもの慈悲だ。抵抗することなくその命を差し出せ。そうすれば、苦痛無く殺してやる。跪き首を私に差し出すと良い。それが嫌なら無駄な抵抗をすると良い。絶望と恐怖のもと確実な死を与えてやる。さあ、どちらが良い?好きな方を選べ」


 私は、演説でもする様に両手を広げて微笑みを浮かべながらゴミ共に選択を迫る。

 内容はともかく、表情や声色は優しくしたつもりだったのだが。


『ヒィッ!!』


 何故か、一様に悲鳴をあげて怖がられてしまった。

 そして、誰一人跪いている者は居なかった。

 全く、人の優しさを無碍にするとは。


「そうか。そんなに苦しんで死にたいんだな。それなら、お望み通りに殺してやるよ」


 私は、威圧を放ったまま奴等に一歩一歩近付いて行く。

 確実な死が近付いて来るのだ。

 正気を保てる訳がない。


「ああアア"ァ"ァ"!!!」

「嫌だああ!!!」

「死にたくねええ!!!!」


 恐怖のあまり勝ち目が無いと理解しながらも使用人と兵士の三人が無謀にも私に向かって武器を振り上げ襲い掛かってきた。

 無謀極まりない勝機の無い特攻。

 私は、それに対して一切避ける等せずただ一言。


「止まって」

「「「ッ!」」」

『ッ!?』


 次の瞬間、三人は私の目の前で武器を振り下ろす格好で動きを止めた。

 あと少しで攻撃が届いたのに攻撃を止めた三人に驚きの視線をゴミ共は向けた。

 三人が、動きを止めた訳。

 それは単純であり私が、三人に魅了を掛けたから。

 私は、そのまま続けて魅了を掛けた三人にお願いする。


「三人共、武器で自分のお腹を刺して」

「「「え」」」


 私のお願いに自己意識を無くす程に魅了してないので当然困惑する。

 しかし、魅了自体はしているのだ。


「やってくれないんだ。嫌いになるよ?」


 嫌いになる。

 その言葉を発した瞬間。


「はっはっはっ…ぐッ!!があ"あ"ァ"ァ"!!」

「うッああァァァ!………ゴブッ"!」

「ハァハァハァ……はあ"ぁ"ぁ"ぁ"!!…ッ"!!」


 三人は、顔から血の気が引き震えながらも揃って自らの剣、槍で腹を刺し貫くと血を吐きながら地面に倒れ伏し死に絶えた。


「まぁ、好き嫌いの以前に元からお前ら何て嫌いだけどね」


 私は、物言わぬ骸となった三人にそう言葉を吐き捨てると残る生ゴミへと視線を向ける。


『ッ!!!』


 ただ言葉を発するだけで、相手を死に追いやる。

 そんな、あり得ない、得体の知れない存在である私に対して彼らは酷く恐怖した。

 震え、涙を流し、中には失禁している物まで居る。

 しかし、まだ終わりではない。

 彼らには、更なる恐怖と絶望を味わってもらう。


「さあ、死のうか」


 私は、ゴミ共に向けて微笑んだ。

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