美しい悪意

宮永文目

1-1

(カーテンに遮られ、光は薄暗く横顔を照らすばかり。使われた跡がない無機質な台所に、セピア色の仄明かりだけが満ちている)


 私は少し恐ろしくなって、彼女から目を逸らした。そうする必要はまるで無い筈なのに、彼女の矮躯から溢れ出す、収まり切らない幼性が、私の罪深さを刺激する。


 しかし、私の思いとは裏腹に、彼女はその細い腕を、何かを求めるように私の方へ突き出してくる。


 ──いけない、と咄嗟にそう思った。

 出来ればその手を取って、此方へと引っ張ってやりたかった。むしろ彼女は、そうすることを望んでいるのではないだろうかと。


 白く滑らかな指たちが、私の頬を撫ぜる。冷たい親指は肉に食い込んで、残る四本は艶やかに──するり、と鼻筋を通り口元へ運ばれてゆく。


 彼女の目を見られなかった。何を思っているのだろうか。そんなことは最早どうでもよく、ただこの身を焦がすような激しい熱を、深い所へ追いやってしまいたいのだ。


「ないです、なんにも」


 ああ、こんな一人の夜に おそろしい。

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