第56話 紫陽花の祠に寄り道
牛車での移動もだいぶ慣れてきた。無理に姿勢を保とうとせず、揺れるままに任せた方が酔いづらい。街中なので、舗装が平らできちんと整備されていることも手伝い、快適な移動となった。
今回の御者はおしゃべりで、いろんな街の情報を教えてくれる。あの店のお菓子は美味しいが、女将さんが怖いとか。この雑貨屋の品ぞろえはいいが、少し高いので裏通りの店で買った方がいいとか。相槌を打ちながら、ふと思いつきで尋ねた。
「紫陽花の祠を知っているか?」
「おや、あんた物知りだね。どこかで聞いたのかい?」
「ああ、宿で巫女様が踊った話を聞いたんだ」
「通り道だから止まってやろうか」
「頼む!」
食い気味にルイは大声を出す。からからと明るく笑いながら、御者は「まあ、今日は巫女様もいないだろう」と付け足した。ルイも二日続けて巫女が踊りに立ち寄るとは思っていない。昨夜の男達の口ぶりでは、突発的でかなり珍しい状況だと感じ取れたからだ。
それでも、巫女の外見を覚えている人がいるかもしれない。何か手掛かりがあれば嬉しい。時間が経てば経つほど、巫女の記憶は薄れるだろう。期待しながら牛車の縁に座った。足を出したら、御者に注意される。
「あんた、足がなくなるからやめときな」
実際、事故が多いんだ。彼が例えとして話した事故が恐ろしく、慌てて足を引っ込めた。将来の道はまだ決めていないが、どの道を選んでも足は必要だろう。兄と父は絶対に泣くし、母上に叩かれそうだ。鬼の形相の母を想像して身震いし、両足を抱える形で座った。
御者は機嫌よく、馴染みの料理屋や看板娘が可愛い店の紹介を続ける。人のざわめきが多い場所で、牛車は止まった。
「紫陽花の祠だよ、ほら」
少し離れた一角に、立派な祠が建っている。白木で建てられた祠はきっちり扉が閉じられ、名前通りに紫陽花が取り囲む。屋根や扉の装飾は金色に光り、お参りに来たとみられる人々が丁寧に拭っては一礼して下がった。
礼儀正しく、次々と交代する姿は整然としていた。
「我が国の民ではちょっと……」
考えられません。後半部分を濁すニコラだが、ルイも同意見だった。もし金色に輝くドラゴンの飾りがあったら、人々はこぞって触ろうと押しかける。騒動になり、無理やり列を作るまで大混乱が予想された。ここでは誰もが譲り合い、参拝をこなす。
民族の違いは、こんな部分にも表れるのか。誘われるように牛車を下り、祠の前に並ぶ人達に声をかけた。
「異国の者が拝んでもいいのか?」
「構わないさ。前の人と同じように参拝したらええ」
老人はいま拝んでいる女性を示した。パンと一度手を叩き、深く頭を下げる。その時に感謝とお願いを口にすればいい、と。説明されて列に並ぶ。護衛として付き従ったドナルドと、興味津々のニコラも一緒に参拝することにした。
この国でリンと出会えるように。深く頭を下げて祈ったルイは知らない。祠の中でチロチロと舌を覗かせる白蛇様が、彼の願いを聞いていたことを。
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