第55話 倭国の不思議な芸術品
王族として表敬訪問したなら、皇族に会うことが可能だ。しかし今回は、あくまでも個人的な留学扱いだった。リンと呼ばれる巫女探しに手を貸してもらえたら有難いが、可能なら自分で見つけたい。
留学期間は二年、延長しても最大三年までだ。その間に出会えなければ、諦めるしかないだろう。まさか、彼女の方がフルール大陸にいたりしないよな? 嫌な予想が浮かぶも、慌てて打ち消した。
倭国には「言霊」という考え方がある。うっかり声に出したり想像したりして、本当になったら困る。目に見えないが力を感じるドラゴンの存在があり、リンが禍狗と呼んだ魔物も見た。現実主義的なところがあるルイも、不可思議な現象を否定する気になれない。
起きて顔を洗い、朝日の差し込む窓枠に手を掛けた。これは……木製だろうか。特に気にしなかったが、窓にカーテンがない。到着時は疲れてそのまま寝たし、夜も暗かったからまったく分からなかった。首を傾げながら枠の間にある白い部分に手を這わせた。
「うわっ」
びっくりして手を離す。紙? ニコラが後ろから声をかけた。
「ルイ様、障子と呼ぶそうです。破らないでくださいね、カッコ悪いですから」
「大丈夫だよ。ドナルドに注意してやれ」
くいっと親指で示す先で、体を解しているドナルドがシャドウボクシングを始めた。あの拳が当たれば、間違いなく穴が開くぞ。慌ててニコラが注意しに向かい、その間に気を付けながら障子を横へずらした。普通の窓枠のようにスムーズに動く。
ぱっと明るい光が入ってきた。障子の外にはガラス戸がある。だが見たことがないガラスだった。曇りガラスは知っているが、模様が入った曇りガラスは初めてだ。指で触れると彫刻のように凹凸が感じられた。
「すごいな、芸術品だ」
「これは凄いですね。フルール大陸でも貴族の屋敷で流行しそうです」
目をキラキラさせて、ニコラが皮算用を始める。だが、割らずにガラスを運ぶのは困難だろう。あの荒海だぞ。そう付け足すと、彼は残念そうに肩を落とした。気持ちはわかる。これを部屋の窓の一部に使ったら、お洒落だからな。
こんな芸術品が、普通の宿で使われている。それも客間に……ということは、倭国の生活水準はかなり高いということか。民が豊かな国は、国主の手腕が優れている証拠だ。侮られないよう気を付けよう。
そういえば、ベッドも不思議な弾力があって、いい香りがしていた。ちょっとした好奇心で敷かれた布団を捲ると、下に麦の茎で編んだようなマットがある。ニコラとあれこれ知識を出し合い、首を傾げながらメモを取った。
正直、この国に来てからフルール大陸と違い過ぎて、混乱している。少しでも自国へ正しい知識や使える技術を持ち帰りたい。頷きあう二人の隣で、ドナルドは手早く己の荷物を纏めた。
早くこの国の強い戦士と戦ってみたい。俺の剣術がどこまで通用するか、武術はどう違うのか。脳筋は脳筋で、立派な夢と希望を抱いた。
「学校の迎えが来そうですね」
時間を確認したニコラが支払いに向かい、彼の荷物をドナルドが背負う。学校の寮に入る予定だが、そろそろ迎えの牛車が来る時間だった。
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