第49話 奉納舞いに褒美か罰を
奉納舞いは笛や琴の音がなくとも、体に染みついたリズムで踊り出せる。先に進み出たのはアイリーンだった。ふわりと軽い動きで手足を動かす。妹の動きを確かめてから、ヒスイが加わった。舞いの名手の名に違わぬ、見事な合せ方だった。
ひらりひらりと舞う二人に楽の音はないのに、不思議と耳慣れた曲が届いた。見つめるシンの耳に、何度も聞いた音が重なる。
髪や胸元に飾った鈴が、しゃんしゃんと軽やかに鳴る。まるで催眠にかけるように深くなり、ふわりと上昇した。普段の祠で奉納される舞いではない。もっと古い時代に捧げられた舞いで、今はかなり形が変わっていた。
懐かしい舞いは、巫女の間で継承されている。だが、民には珍しい舞いだった。年配の者は「有難い、ありがたい」と手を合わせる。過去の思い出を懐かしんでいるのだろう。
姉にもらった鈴の音に、手にした鈴を合わせていく。しゃん、しゃん……音が完全に重なり、不思議な調和をもたらす。この一瞬だけ、時間の流れが変わった。
ぐるるっ、喉を鳴らす犬の声に、人々が深く頭を下げる。神々の姿を許しなく見れば、バチが当たると信じられていた。目が見えなくなった、一晩で髪がごっそり抜けた、など。様々な逸話が残る。
アイリーンは動きを止めず、そのまま踊る。そっと離れた姉ヒスイは、目を伏せて牛車の近くまで下がった。すでに両手をついて神に平伏する兄の隣で、同じように座った。深く下げた額を、土についた両手の上に当てる。
『メノウなの? それともフヨウ?』
幼子のような声が頭の中で響く。アイリーンはその声に踊りながら返した。
「アイリーンよ。あなた様をお呼びしたのは、私です」
途中までいつもの調子で話しかけ、慌てて言葉を改める。民がいるし、兄や姉も。何より、今は狗神として降臨しているのだ。呼び出しに成功したあとは……どうするんだっけ?
視線を向けた先で、ココがぶわっと本来の姿に戻った。小狐ではなく、牛より大きな姿だ。白い毛皮の神狐は、その額に青い紋様を記していた。巫女と契約した証である。
『罠か』
唸る狗神に対し、狐神はゆっくり首を横に振った。神は嘘を吐かない。故に、不機嫌さを表した狗神は足を止めた。黒い瘴気は抑えられているようで、僅かに滲む程度だ。ようやく最後まで踊ったアイリーンが進みでて、顔を隠して姿勢を低くした。
神々は舞いを奉納されたら、何らかの褒美か罰を与えねばならない。作法を間違えれば侮辱行為として罰を、舞いに満足すれば褒美を。
「狗神様にお願いがございます。神域にて拝顔する栄誉をお与えください」
白蛇様が教えてくれたのはここまで。このあとはどうすればいい? アイリーンは緊張しながら、狗神の反応を待った。
『ああ、フヨウと同じだ。いいよ、神域で……あれ、でも今の僕は?』
道を整えた巫女メノウの先代がフヨウだ。彼女と縁を結んだのが、狗神だったのか。アイリーンは驚きながらも、言葉を選んだ。
「今のあなた様を招聘する権利をお許しいただけますか」
『うん、構わない。君はフヨウに似ているから』
狗神はそう言い残し、姿を消した。圧迫感が消えて、ぺたりと座り込む。アイリーンが見回せば、周囲は誰も同じような状況だった。
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