第35話 救う方法はありますか

 呼び出された白蛇は、どう伝えようか迷った。巫女にその魂を知っていたら教えてほしいと請われた。知っているが、現在も同じ魂という保証はない。だが、もし……巫女であるアイリーンが本当に声を聴いたのなら。


 救えるのかもしれない。傷ついて泣く幼い魂を……。


 一筋の光に縋るように、白蛇は赤い瞳を瞬かせた。手を組んで祈る形を取る少女は、じっと目を逸らさない。神々が好ましく思う祈りを、本能で知っているのだ。邪心なく、私欲なく、ただ救う方法を知りたいと願う。


 数千年間、蛇神として倭国を守ってきた。長い年月の中で何人もの巫女に出遭い、失われる彼女らを見送る。どの巫女も輝かしい魂をもっていたが、この子ほど眩しい者はいなかった。


『知って、どうするのだ?』


「神々の一柱であるなら、痛みから解放したいの」


 声にも表情にも、まったく嘘はなかった。だが真実を知ったら濁るだろうか。長い舌をちろりと覗かせ、白蛇神は決断した。任せてみよう。どうせこれ以上悪化することはないのだから、と。


 覚悟を決めたというより、諦め半分だ。アイリーンの頑固さは、彼もよく知っていた。


『あれは、穢れた邪神となった。哀れんだ我らが眠りを与えたが、癒される前に逃がしてしまったのだよ』


「逃がして?」


 それって! アイリーンは心当たりに目を見開いた。私が逃がしてしまった禍狗のこと? 神様は嘘を吐かない。己の神格を穢す行為だから、誤魔化すことはあっても嘘は口にしない。ゆっくりと選んだ言葉で確認した。


「私の追う狗が、あの泣いていた魂でしょうか」


『そうだ』


 一言で肯定される。ココが眠る祭壇の部屋で、巫女アイリーンは深呼吸した。体内の不安や迷いを消すために、神域の息を満たす。あの子を助けると決めたのは私、ならば迷う選択はない。


「救う方法はありますか」


 ずっと封じられてきた禍狗は、神々の一柱だった。おそらく悲しく辛い出来事に心を閉ざし、世の中を呪ったのだろう。人々を守るために封じるしかなかった。いいえ、神々はあの狗を見捨てていない。だって滅ぼさなかったもの。滅ぼせと命じなかったのだから……。


 救うための道は残されている。確信をもって尋ねるアイリーンへ、白蛇はくわっと大きく口を開いた。鋭い牙が覗き、怒ったように感じられる。だがアイリーンは怯まなかった。


『覚悟は本物のようだ。よかろうよ、我が導いてやろう……』


 最後にぼそっと「ココに叱られるであろうな」と嘆く。もし神狐が契約しなければ、自分が契約獣になろうと考えていた。白蛇神にとって、アイリーンは心地よい存在なのだ。彼女が望むなら、多少の禁忌を破って叱られてもよいと思うほどに。


「お願いします」


 両手をついて頭を下げるアイリーンは、内心でほっとしていた。撥ね退けられたらどうしよう、怒らせてしまったら困る。白蛇様は祟りを起こすから、どきどきしながら願い出た。あっさり助けてくれる約束をもらえ、頬が緩んでいく。


『まず、あの狗神の……ん? 何やら楽しそうだな』


 口元の緩みを慌てて引き締めた。顔を上げ、笑顔で誤魔化す。知ってるのよ、白蛇様はいつもこれで許してくれるわ。


『我も甘やかし過ぎか。後で皆に叱られるであろうな』


 蛇なので肩を落とす……とは言わないかな。がくりと項垂れた姿は、苦笑するように見えた。

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